day7:洒涙雨


「やっぱり、降り出しちゃいましたね」

 ぽつり、ぽつり…フロントガラスで少し早く暮れ始めた空から落ちてきた水滴が弾ける。

「織姫と彦星、会われんね」

 はるきの運転する車の後部シート、ちんまりと座る赤味がかった髪を三つ編みにした少女が、おっとりとした口調で労し気につぶやく。

「鵲が橋を作ってくれる言う話もあるけ、俺らには見えんけど大丈夫じゃろ」

 しょんもりしてしまった年の離れた妹を気遣って声をかける、あどけない顔立ちの高校生は彼女の兄。

 学校帰りに、夏祭りのための巫女舞の稽古に来ていたまみと、同じく祭りの手伝いの打ち合わせに来ていたまなぶ――沢渡兄妹である。

 暗くなった道を子供たちだけで帰らせるわけにはいかない――元より、彼らの住まいは時に通学にバスを使うとしても最寄りのバス停からさらに遠いのだ。稽古後に、はるきが車を出して彼らを送るのはもう習慣になっていて――天候によっては、スクーター移動の多い堯之たかゆきもこうして便乗させてもらっていた。

 とは言え、本当を言えば彼女らの家は堯之の家とは逆方向になるわけで――今日など、スクーターなら雨の降り出す前に帰宅することも可能だったはずなのだが……つい先ほど、まず初めに玄関先に送り届けたところのもうひとりの巫女舞の舞い手、日和ひよりに押し切られたのだ。

 昨秋の秋祭りを境に、日和には手のひらを返した勢いで気に入られてしまっているようで――もちろん、無邪気な好意は微笑ましくありがたいものではあるのだが……凛々しい美少女に勢いが加算された迫力には、常に負かされ気味の昨今だった。


 それはさておき――太陽暦の七月七日の日本では、まだ梅雨明けに至らない地域が多く、今日のように曇天から雨になることもあれば、一日中雨降りのこともめずらしくはない。堯之がこちらに越してくるまで住んでいたあたりでは、七月末の一週間ほどを「七夕祭り」として、駅前や商店街に吹き流しを飾り、週末にステージイベントを開催する市もあったし、日本国内――地域によっては、旧暦を採用して八月ごろに七夕をまつる都市も少なくはない……とも思う。


「だからさ……もし今日、会えなくても――きっと、そっちが本番で、そっちで会えるのかもしれないよ」

「タカユキくん、それ……すごく文学的じゃない……」

 自分も妹思いの兄の援護を…との試みは、ハンドルを握る友人に、速攻で却下されてしまったけれど。

「せめて――別れがつらくて泣き始めたとこ…とか言ってみません?」

 それでも、山の傾斜の奥にある家につづく小道の麓の入り口にふたりを降ろす頃には、少女はふたたび七夕のロマンに頬をほのかに染めさせていて。


「じゃぁ、玄関入る前に懐中電灯振ってね――そしたら、おれ達も帰るから」

「はい。今日もありがとうございました」

「はるちゃんもタカユキ先生も、ありがとうございました。さようなら」

 傘をさしているため、いつもより少し控えめなお辞儀をして道に分け入る、兄妹を見送る。


 ちらちらと見え隠れする懐中電灯の明かりが、幾らか上ったところで止まり――振り返って左右に振られた。

「大丈夫そうですね。帰りましょうか」

 雨に濡れた傘にでも反射しているのだろうか……?

 懐中電灯の明かりのほど近く――上下に分かれて……。


 小さな二対の丸い光が見えた。


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