day5:蛍


 暗がり一面に、小さな金の光が浮かぶ。

 あるいはふわふわと漂い、あるいはゆるい傾斜を覆うように輝く。

 さわさわさわ……夏の香をふりまく葉擦れの音。


「来週からは、人が多くなるから――今のうちに、ね」


 金曜日の夕方、日の暮れる頃にひょっこりやってきたはるきの車で、ものの数分。

 交通量の少ない路肩に駐車して、小道を少しばかり脇の林に入り込む――ほん数十メートルほどですっかり夏の暑気の払われた草地へと辿り着いた。

 足下だけを照らしていたペンライトの明かりが消されて、しばし――目が慣れ始めると、ちらりちらり…小さいが闇の中には充分に鋭い、金の光がそこかしこに現れる。

 ヒメボタル――。

 キンボタルとも呼ばれる、はっきりとした明滅をくりかえす黄みを帯びた光が特徴の、ゲンジボタルやヘイケボタルより小ぶりな蛍。

 境を接する隣県に、写真家に人気の群生地があると聞くが――当地でも生息地が点在し、近年では保護に努めつつ季節には旅行会社を解したツアーを組むなど、観光資源としても注目を集めているらしい。


 ぽぅ……。


 灯っては消える、金の光。

 飛ぶものはオス、山肌に留まるのはメス。

 木立に囲まれていれば月明かりも届きにくく――真っ暗な中、光に見入るうち、うっかり浮遊感さえ覚えてしまいそうで。

「タカユキくん、去年はもうシーズン終ってから越してきたでしょ」

 ずっと見せたかったんですよ……背中合わせに寄り添う友人の声は、どことなく自慢気で。

 てらいなく当地を好きだと言ってのける彼が、いつもとても羨ましくて。


「ようこそ、ヒメボタルの里へ」


 ようこそ――。


 少しばかり芝居がかった声には――金の光が唱和した。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る