day3:文鳥


 からりと晴れた昼間、ようやく蔵を開けてみた。

 長く閉め切られていたせいか、埃臭さと共に湿気の気配がした――二階はいがらっぽいほど乾燥していたが、一階の奥まった一画はひんやりと淀んだ空気が、ひっそりとカビの繁殖を許していた。

 運び込まれた年代物の箪笥や水屋に古い生活道具が詰め込まれ、蓋付きの木箱のいくつかには、冠婚葬祭の折りに使われたと思しき揃いの茶わんや汁椀、湯飲みの類が、クッション代わりの新聞紙に包まれてしまわれていた。足つきの古いテレビなど、ちょっと面白いが――おそらくは、買い替えにより不要になったのだろうそれを蔵にしまっておいて、将来的にどうするつもりだったのだろう? よほど古いものなので、当時の製品の価値なども関係したのかもしれないが、他にも首を傾ぐような所蔵品はちょくちょくあった。

 ざっと見て回ってみたところ、年代が飛んでいる部分がみられることのなくはないので――少し置いて処分しようとしたまま、タイミングを逸した物が残っている可能性が高いような気もしなくもない。

 手前に近いあたりには、母や伯父達の小中学校時代の教科書やノートが縛って積んであったりなどしたことでもあるし。


 開けてはみたもの、早急になにかしなければならないことはなさそうだ――裸電球の灯を落とし時間の詰み上がった暗がりをあとにしようとして、ふと目に留まった、色褪せた布の山。正確には、なにかを覆っているのだろうか? はたして、手に取ってみれば予想よりは軽く――表に持ち出して覆いを取り除くと、現われたのは金属でできた鳥籠であった。

 細い縦格子で作られた、ほぼ立方体。底の部分はやはり格子で二重底が作られ、下方の底は抽斗になっている。全体が金属で作られているなか、水入れだったと思われる陶器の皿と、乾燥してささくれた止まり木が底の格子に乗っていた。

 それほど年代物ではなさそうだが、古いには古い――みこと曰く、納屋の側の離れに住んでいた大叔母は、インコを数羽飼っていたそうだが、そちらの籠類は、そのままそちらの離れに残っていたのを伯父が、堯之たかゆきたちの引っ越し前にまとめて片付けたと言っていたので、また別物なのであろう。


「ほぉ。懐かしいものが……」


 日の当たる縁側の沓脱台まで運んだところで、ひょっこり…様子をうかがいに出て来たところであったらしい母が感嘆の声をもらす。

「母の子供の頃、文鳥が二羽おったんよ」

 すっかり忘れていた……懐かしげにしつつも苦笑してみせるのは、本当に幼少の頃のことで飼われていた経緯をほとんど憶えていないせいらしい。

「昼間、軒にかけとって――夜は、縁側に入れて布をかぶせて暗くしてやっとったのくらいしか憶えてないねぇ」

 それでも、ひとまず二羽とも天寿を全うしていたことは記憶しているそうだ。


「思い出してみると、意外と憶えてるもんだね」


 その辺に置いとったんよ……縁側の隅を指しながら目を細めるみことの話を聞いているうち――ほんの一瞬、空の鳥籠に二羽の小鳥の影が見えた気がした。



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