掌のかたがた【2023文披31題】

day1:傘


 さささ……。

 ささささ……。


 雨が降っていた。

 隣を歩く友人の声も聞こえないほど激しく降っているわけではないが、田舎の夜道――かつては畑だった右手の荒れ地も空き家を呑み込んでしまいそうな左手の茂みもざわざわざわと騒がしい。


 ざざざざざ……。


 そう、騒がしい――。

 しばらく前にこの片田舎にやってきた友人は、いたって真面目で人が好く……つまるところ、こんなのどかな田舎でさえ――いっそ返って、人がいな過ぎて忘れられそうになっている連中に好まれやすい。

 基本的に、そういった輩も無邪気な寂しがり屋に過ぎないので、深刻な悪さをするわけでもなし――友人自身も決して気弱なわけでなければ、簡単にどうにかされようもなくはあるのだが。


「あ。やんだかな……?」


 独り言のような友人の疑問符に――気付けば、懐中電灯の狭い灯りだけが頼りであった街灯のまばらな裏道が、ほの明るい。

 肌を包む空気はまだしっとりと冷たいが、傘を傾けて見上げれば雲の切れ間から満月を少し過ぎた月が覗いていた。


 さわさわさわ……。


 物影がそよぐ。

「もう、傘はいいですかね――」

 傘を下ろしても頬にあたる雨粒の気配はない。

 ばね仕掛けで開く雨傘は、閉じる際に少しばかり抵抗される――ロックに失敗した振りをして、手を放した。

「わ。ごめん」


 ぼむ――!


 勢いづいて開いた傘が、しずくを飛ばす。


 ざっ……!


 物陰が、いっせいに飛び上がった。



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