第9話

 彼女のことは気に留めないようにして、地下から地上に出るためにまた階段を上る。

 今度は僕が懐中電灯をもって、先に階段を上った。

 地上に出たときに、もしも帝国兵士がいたときのためだ・・・・と言いつつも、彼女の格好で先に上られると、スカートの中が見えそうだったからなんて言えない。

 地上につながるマンホールを恐る恐る開いて、顔をのぞかせる。

 さすがは闇取引に使うための地下道だ。路地裏の中でもさらに奥深く、人の視線どころか動物一匹の視線すら感じられない。

 遠くからは、商店街のにぎわう声が聞こえてくる。どうやらここまでは帝国軍の侵攻は無いようだった。

 しかしそれにしたって呑気なものだ。帝国軍の侵攻を受けているかもしれないこのときに、外に出て買い物を楽しんでいる人が大勢いる。

 あんな奴隷の村のことだから、情報が出回るのが遅いことは仕方がないことだけれど、それでも歩いてあの村からウーランにきた僕たちより情報が遅いのは、どれだけあの村が重要視されていないかの証拠である。

「皆どうしてこうしているのでしょうか。家の中に隠れたりしないのでしょうか」

 彼女も同じことを疑問に思ったようだったけれど、それでも正解が導き出せていなかった。

「しょうがないことです。あの村は国境付近だというのに、王国の監視官が一人もいない。それにあの村の惨状では、逃げ出した者は私たちだけかもしれません。伝える人がいないのだから、知らなくて当然です」

「王国の監視官がいないのですか⁈ どうりで王国軍兵士が来るのが遅れていると思ったのです」

「あの村は王国からしたら捨てられた村ですから。たまに王国軍のはぐれ者が来ては、薬物を売って荒稼ぎしていくような屑のたまり場なのです。そんなところに王国軍を割く余裕なんてないものですよ」

「・・・・まるで無法地帯ですね」

「まったくもってその通りだから仕方ないです。奴隷を使った薬物実験に、薬物売買、人身売買や、法外な商品の闇取引に、強姦。奴隷ばかりの村だから、それ以上の身分であれば自分が王様になれる。それがあの奴隷村ことクイアラ村です」

「・・・・そんなこと知りませんでした・・・・私、失格ですね」

「何を落ち込んでいるのか知りませんが、まずはカンナと連絡を取ることが先決です。この街も危ないならカンナだけにでも知らせないと」

「ど、どうして。他の市民にも知らせたほうがいいのでは」

「っは。どうして僕が他人のことを心配してやらないといけないのかわかりませんね。カンナだってずっと一緒にいたし、助けてもらったことの方が多いから恩返しとしてです。他に理由なんてないです」

 路地裏から商店街の人気ひとけを気にしながら移動するけれど、メイン通路の近くまでくれば、さすがに人が多すぎた。

 二人そろって、このまま出るわけにはいかない格好をしている。

 僕は僕で、こんなに堂々と奴隷が歩いていたら絡まれることは必定ひつじょう。好き勝手に弄ばれた後に、連行だってあり得るかもしれない。

 アルミアだって、この格好で出ればラースが少ないこの街では目立ちすぎる。一瞬で囲まれる、もしくは一緒にいる僕がシバかれる。

 彼女が僕のことを守ってくれるだろう、という観測的予測はできるけれど、それも絶対じゃない。確証が持てないなら信用はしない方が得というものだ。

「しょうがない。カンナにここまで来てもらうしかないか。携帯でここまで来るよう伝えてもらえますか」

 アルミアは言うことを聞いて携帯で連絡を取ろうとしたけれど、一度動かす手を止めた。

「なんですか? 遊んでいる時間はないですよ」

「一つ気になったのですが、ジオさんは本当にこれが使えないのですか?」

「当たり前です。僕はアキアスですから、祈祷力が動力になっているものはすべて触れることすらできません」

「なら、どうして私に触れることができたのですか?」

「え・・・・な、何を言っているんですか?」

 アルミアは僕に詰め寄るようにして近づいてくる。

「私のこの服には、いろいろな装飾品が仕込まれています。すべてが祈祷力が動力で動いているものです。それに私だけではなく、ジオさんは帝国軍兵士にも平気な顔をして触っていましたよね。あの鎧だって、祈祷力で装甲が固くなっているものです。本来アキアスが触れることは叶わないのですけど」

「そ、そんなどうでもよいことは気にしなくていいのです。今は今するべきことだけを考えていれば。アルミアさんだって早く無事に家に帰りたいでしょう? 私だってまだ業務が残っているので、こんなところで油を売っている時間はそうないのですよ」

「早口ですよ。何か隠しているんですね」

 詰め寄ってくるアルミア。後ずさる僕。

 無慈悲にも路地裏なだけに、すぐに背に壁をぶつけることになり、逃げ場を失ってしまった。

「ちょっとこれに触ってみてください」

 アルミアは、自分が所持している携帯を僕に差し出してきた。

「拒否します」

「触って」

「嫌です」

「いいから」

「嫌です」

 しかし逃げ場を失っている僕にはいくら拒否したとて、押し付けてくるそれを避け続けることなんて不可能だ。

 隙をついて何とか逃走を・・・・と考えても身体能力と服装だけ考慮すれば、確かに逃げ切れるのかもしれないけれど、路地裏以外を通れない僕にとっては、じり貧になることは明白だった。

 何とかしてこの場をしのいで、誤魔化さないと。

「あぁ、アルミアさんがこんなにも無慈悲な人だなんて」

 僕はその場で大袈裟に膝から崩れ落ちて、目元を過剰に擦った。

 ぐすんぐすんと、大袈裟な泣き真似をする。

 急に何が始まったのかと彼女は驚き、あっけにとられているが気にせず続ける。

「私との身分を気にしないと言っておきながら、結局のところ拷問をするのですね。私たちアキアスが、祈祷力で動いているものに触れたらどうなるのかを知っておきながら」

「っう・・・・そ、それは・・・・」

「私と仲良くしたいと言ったのも、結局は口から出まかせを言っただけのようですね。そんな人だなんて思いませんでした」

「ちょ、ちょっと、私はそんなつもりで・・・・っううぁぁああもう‼ わかった。わかりましたよ。私が少し強引すぎました‼」

「わかっていただければよいのです」

 これで引いてくれるなんて思っていなかった。どうせ切り捨てられるのだと思ったけれど、この人は僕との関係性を優先してくれた。

 こんなところで奴隷の一人を泣かせていたところで、野次馬が味方するのはアルミアの方だ。だからこんなところで騒いでも、情に訴えかけても、市民の意見は彼女に味方するのだ。

 もう僕には情に訴えかける以外の方法なんてなかった。それで乗ってくれたのならラッキー程度に考えていたのだけれど、本当に乗ってくれるなんて。

 この人は良く言えば信頼してもいい人、悪く言えばのせられやすい人。

「もう・・・・そこまで言わなくてもいいのに。少し気になっただけだっていうのに・・・・」

 ぶつぶつと文句を言いながら、カンナの番号を画面に打つ。

 いや、そこまで不貞腐れなくても・・・・ごめんな。心の中で謝っておくよ。

 携帯を耳にあてて、漏れ出ているコール音が数回なったあと、ガチャという音と共におそるおそるといった声で、

「・・・・はい」

 カンナの声だ。

 彼女の携帯にかけているのだから当然と言えば当然なのだけれど、それでもいつものはつらつとしたカンナの声とは違って、臆病に聞こえるのは新鮮だった。

 それもそうか。知らない番号からかかってきたら誰だって慎重になるというものだ。

「すみません。私ではなく、付き人が用事があるようなのです」

 そういうとアルミアは、スピーカーモードにして僕にも聞こえるようにしてくれる。

「カンナ。悪い僕だ」

「え、誰?」 

「僕だって」 

 ガチャリ。

 あまりに唐突に、無慈悲に、連絡が途絶えた。

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