第8話

「ジオ? 聞いていますか?」

 少し考えにふけっていたら、正面に回り込んできたアルミアがこちらを覗き込んできた。

 キラキラと光り、不純なものが映し出されていない彼女の目に見られると、その目に反射する僕という存在がどうしても薄汚く思えてしまう。

 どうせなら、ゴミを見るような目で見てくれた方が幾分もましだというのに。そうすれば、彼女のことも正面を切って嫌いになれるというものなのに。

「聞いてますよ。それより少し離れてください」

「あ、もしかして恥ずかしいのですかぁ? こんなに近くで女の子から見つめられたことがないとか」

 にやにやとこちらをからかってくるアルミア。

「女の奴隷も大勢いましたから、今更そこらの女の人に恥ずかしいという感情を抱きません。着替えだって男女共同の部屋でしていましたから。それに、近くに来る人という点においては幼馴染でもうお腹いっぱいです」

 そのあまりにも不愛想な返事に、からかったアルミアも面白くなかったようで・・・・というより、からかった彼女のほうが驚いているようだった。

「お、おお、女の人と同じ部屋で寝泊まりをしていたのですか⁈」

「そりゃあそうですよ。奴隷に男女で部屋を分けるほど、裕福な村ではありませんから。家畜同然に小屋に放り込んでおく感覚なのでしょうね」

「・・・・そうなんですね。聞いているよりもっとひどい生活環境なのですね・・・・すみません、私に同情されたくなんてありませんね」

「まったくもってその通りです。アルミアさんとは相反するところにいるのですから」

 重くなってしまった空気。少しの間漂う沈黙。

 本来ならこうなることが当然なのだ。僕と彼女では会話が許されないのだから、本来なら言葉一つ漂わないこの空間こそが正しいものだ。

 それなのに彼女は沈黙を嫌うのか、わざとらしく楽しげな声のトーンにして、僕への質問を続けてくる。

「そ、そういえば先ほどこの先の街に友人がいると言っていましたね。その人が幼馴染なのですか?」

「えぇ、いくつになってもべたべたとくっついてくるような奴です。そいつにも立場をわきまえてくれと頼んでも拒絶してくるんです。まったく、ラースという人たちは自分の立場を分かっていない人ばかりなのでしょうかね」

 口を開けば皮肉が出てくるこの性格が嫌になる。

 それだけラースのことを嫌悪する気持ちが強い証明だと言ってしまえばいいのかもしれないけれど、良い雰囲気で話を続けたい彼女の善意を棒に振ってしまうことは、若干だけど心が痛んだ。

「そうですね。ラースだってあなた達と同じように、いきなり崇められても混乱するものです。それなら少しでも普通に、いつも通りに接してくれる人を欲する気持ちというものは私にはわかりますよ。対してすぐに権力を誇示する人もいますけど、それに関しては同意しかねます・・・・って、わぁすみません。怒らないでください」

 僕の視線を見て、急に謝ってきた。

 睨んでいるようにでも見えたのだろうか。

 実際少しイラっとするようなことも言われた気がするけれど、どちらかといえば感心したと言ったほうが感情的には大部分を占めていたのだ。

 ただ今までまともに目を見て話していなかったことと、自分でも嫌味を言ってしまったことを自覚しているのか、僕が怒っていると勘違いしているようだった。

「いえ、別に怒っていないです。むしろ逆で感心しているのです」

「私に関心ですか?」

「えぇ、権力を誇示することを嫌悪することもそうですが、おこがましいようですが、私と同じ気持ちでいてくれる人がラースにもいたことにです。そういうことを言う人はカンナ以外に見たことがありませんでしたから。世界中のラースは、自分の力のことを好きでしょうがない人ばかりなのかと・・・・」

「心外ですね。確かに力があって利益があることは確かですけど、不利益を被ることだって多くあるのですよ。それに私は自分の力を好きだと思ったことは少ししかありませんよ。権力に縛られるというものは、意外と窮屈なのです」

「へぇ、意外と苦労されているのですね。もっと好き勝手に生きているものかと」

「そういう人が多いことは否定しませんけどね・・・・って、少しは私に興味を持ってくれましたか⁈ その調子でもっと私に興味を持ってください‼ ほら、他に聞きたいことは⁈」

「今の一言で、少しあった興味が完全になくなりました」

「そんなぁ・・・・」

 がっくりとうなだれるアルミア。

 こういうところを見ると、本当に純粋に僕と話を楽しみたいだけだったのかと思わせてくれる。今まであってきたラースやラーナの人たちとはまるで違って、感心や好意を持たせてくれる。

 奴隷になってからここまで他人に好意を持てたのは、カンナ以来ではないだろうか。

 彼女のリアクションを見て、自然に笑顔がこぼれるくらいには、彼女との会話を少しでも楽しんでいる自分がいたのだと驚いた。

「笑った・・初めて笑ってくれました‼ ほらもっと笑ってください。笑った顔をこっちに向けてください」

 僕の笑顔を見てなんとも楽しそうに、僕の周りをぐるぐると回ってはしゃぐアルミア・・・・やっぱり鬱陶しい。

「私の笑顔一つで何をそんなに喜んでいるんですか。所詮は他人の笑顔です」

「そう言わないで、ほら笑って‼ ニーってしてみて」

 明るい笑顔をこちらに向けてくるアルミア。その眩しさから目をそらし、話をそらし、違う話題に移行する。

「そんなことよりもうすぐウーランです。外に出たらまずはカンナに連絡を取りましょう。アルミアさん、通信機は持っていますか?」

「そんなことよりって・・・・まぁ今は良いです。無事に帰ることが先決ですから・・持っていますよ。通信機ではなく携帯と言ってほしいですけどね」

「仕方ないことです。僕らに正式名称を知る余地なんてありません。知る必要もありませんし。どうせ触れませんから」

「・・・・すみません」

「それより持っているのでしたら、カンナに連絡を取りましょう。確かこの辺に・・・・あ、あった。捨ててなくてよかった」

 ぽっけの中から一枚の紙きれを取り出し、彼女に渡す。

 それを見て何かと疑問符を浮かべたが、羅列されている数字を見てすぐに理解した。

「僕には使えもしないのに強引に渡してきたものです。捨てないでとっておいてよかった」

「こんなにボロボロになっていては、捨てているものと同義だと思いますけど。それにずっとポケットに入れていたのですか? それ、洗濯は・・・・」

 僕の奴隷服を見て彼女が初めて、侮蔑するようなまなざしを向けてきた。

 なぜだろう・・・・少し胸がちくりと痛む感覚があった。

 今までラースの人たちからどれだけ汚物のように言われても何も感じなかったのに・・・・

「一応していますよ。奴隷であろうと変なにおいがするのは不快だとかいう理由で。その紙は・・・・カンナが持っていないと怒るから、ポケットにしまう癖がついてしまっているんです‼」

 洗濯するのに、なぜ持ち歩いているのか? という質問をしたそうな顔をする彼女に、先に言い訳を言おうと思ったけれど、特に何も思いつかなかったから正直に言った。

 だけど予想通り彼女は、僕の答えににやにやと不快な笑顔を浮かべた・・・・やっぱり鬱陶しい。

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