第7話
「それをお前が言うな‼ この世界にある常識も、非常識も、お前たちラースが作り出したものだ‼ それで僕が・・アキアスである僕たちがどれだけ苦労したかわかってもいないくせに、都合のいいときだけ『私は気にしません』ってか⁈ ふざけんな‼ そんな虫のいい話がまかり通っていいわけがあるかって話だろ‼ せっかく僕が、お前たちが勝手に作り出した常識に従ってやっているのに、それをお前が否定するな‼」
ふー、ふーと息を荒げる僕の姿を見て、彼女は反省したような表情をして、うつむいた。
「・・・・そうですよね・・・・すみませんでした。あなたからしたら、私たちラースは本来憎むべき存在なのですよね。それを私は能天気に・・・・またしてもあなたへの配慮が足りませんでした。すみません」
彼女は深々と頭を下げる。その行動が僕の神経を逆撫でする。
「だから‼ そうやって奴隷に対して謝罪の言葉も気に入らないんだよ‼ そんな謝罪一つで許せるのなら、こんなに世界は歪んでない‼」
「それなら私はどうしていれば・・・・」
「そんなの僕に聞くな‼ 僕が知るわけないだろう‼ 奴隷に対する対処の仕方は、そっちの方がよく知っていることだろ。両親から教わらなかったか‼」
「私の両親は・・・・忙しくてろくに話したことがありません。いつも付き人が周りの世話をしてくれるので、世間知らず・・であることは認めます」
「そんなこと僕の知ったことじゃない‼ 知らないほうが悪いんだ」
僕は彼女とは反対方向を向いた。
深く拒絶したつもりだったのに、後ろで彼女が立ち上がる音がして、すたすたとこちらに歩いてきたと思ったら、僕の正面に座り込んだ。
「・・・・私の話を聞いていなかったのですか」
敬語に戻すことで、皮肉を混ぜたつもりだったのに、それを受け取り拒否するように、
「それでも私は、あなたとお話がしたいのです。嫌なのでしたら何度拒絶してもらっても構いませんが、ラースである私も、一人の人間であることをご理解ください」
「どうして奴隷の私なんかと話がしたいのですか? 何か有益なことなど一つもありませんよ。むしろ貴方様には、害虫のような人間と共にしているこの時間こそ、有害でしかないと思うのですが」
「何度も言っていますが、私はあなたをそんな風には思っていません。命の恩人だと何度言えば理解してもらえるのですか?」
「・・・・そうですか。なら、勝手にしてください」
「はい。勝手にします」
僕の目の前に座り、にこにこと笑いながら僕の顔を覗き込んでくる彼女が不思議であり、不気味でしょうがない。
「あの・・何か話がしたいのではないのですか? それとも私の顔に何かついているでしょうか? 黒眼付きの顔なんて見ていて面白くもないでしょう。いやむしろ不愉快になるものかと」
「どうしてそんなに自分を卑下するのですか? とても整った顔立ちをしていると思いますよ」
「と、整ったって・・・・べ、別に無理に褒めてもらわなくてもいいです。それにただの皮肉だと理解してください」
「皮肉? どこがですか?」
はぁ、と一つため息をつく。
「・・・・別にもういいです。それで、何が話したいのですか?」
「別に何か話題があったわけではないのですが・・・・少し世間話でもと思って。それで少しでも気が休まればいいなと思ったのですが」
「そんなことですか・・・・それならばお気になさらず。それに、特に話題がないのでしたらもう行きましょう。こんなところにずっといるわけにもいきませんから」
僕は立ち上がり、カンナのいる街への道へと歩き始める。
「あ、待ってください。そんなに急がなくても・・ここであったのも何かの縁ですから、あなたのことをもう少し知りたいのです」
「ジオ。ただの奴隷です。私に話せることなんて、それくらいしかありません」
すたすたと先を行く僕の背中を追いかけるように、彼女がついてくる。
「他にももっと聞きたいことはありますよ。特技とか。好きな食べ物とか。趣味は何かとか」
「奴隷業務と寝る以外の時間などありませんでした。食べ物だって、配給でもらえるような屑パン一つしか食べていません。強いて言うのであれば、幼馴染が作ってきてくれる弁当でしょうか。美味しいと思うほどではないですけど、屑パンよりはましです」
「で、では私について何か聞きたいことはありませんか?」
「特にありません。どうせ、この先出会うこともなく、話す機会もないのですから。いい加減本当に身分の違いというものを理解してください。怒りますよ」
「先ほども言いましたが、私は何度拒絶してもらっても構いません。ですが、私とて一人の人間であり、感情があるのです。そう何度も拒絶されては傷つきます」
悲しそうな表情をする彼女は、いじける子供の様で、これ以上責めることができなかった。
「・・・・お名前は?」
「え?」
「名前です・・・・聞きたいことがないか聞いたのは貴方ですよ」
「あ、あぁ‼ 私の名前ですね‼ 私はアルミアと言います。アルミア・アリステロア。特技はボードゲーム全般で、好きな食べ物はクッキーです。特に私の専属メイドが作ってくれるクッキーはとても絶品で、毎日作ってくれとお願いするくらいには好物なのです。それから・・・・」
「そ、そこまでは聞いていないです」
「えぇ・・・・もっと私に興味を持ってください。初対面の人間なのですから、自己紹介は必要だと思うのですよ」
「ですから、初対面であったとしてもこの先関わりを持つことはないのです。街角で貴方様を見つけようと、声をかけることなど失礼に当たりますから」
「そんなぁ。せっかくこうして出会ったのですからもう少しお話ししたいです」
「そうはいっても特にほかに聞きたいことなんて・・・・あ、一つありました」
「なんですか⁈」
嬉々とした表情でこちらを見てくるアルミア。それはもう目をキラキラとさせて。
なにを聞かれるのか、とワクワクとしているその期待には添えないのだけれど・・・・
「なんであんな辺境の村にいたのかなぁと。見た限りだと付き人もいなかったようですが、身なりからしてかなり高貴なお方であると思うのですが」
「それはですね・・・・って、名前を聞いても私のことがわからないのですか⁈」
「ご存じないですね。私たち奴隷にとって高貴な方の名前を覚えるより、今日を生き残る術を考えるほうが有益ですから」
「そ、そうなんですね。だから私の名前を聞いてもそんなに薄い反応だったのですか・・・・」
「それで、なんであんな辺境の村に?」
「ちょっと‼ そこまで聞いたのでしたら、私のことももう少し聞いてくださいよ‼」
しつこいな・・・・何度言えばわかってもらえるのだろうか。
「ですから、貴方様の身分を知ったところで、この先私には関係ないのです。どうせこの後もあの村で奴隷作業になるのですから、それなら貴方様があの村を訪れた理由を聞いたほうが、よっぽど有益というものです」
アルミアはむーと頬をぷっくりと膨らませて、自分は怒っているとアピールしてきた。
「・・・・なんですか」
「別に・・・・ただ名前を知り合ったのに、名前で呼んではくれないのですね」
「ですから、身分の違いというものを・・・・」
「あー、それはもう聞き飽きました。耳にタコができるほど聞きました。私がいいというのですからいいんです」
「そういうわけには・・・・」
「だったら、名前で呼んでくれるまで質問には答えません」
プイっとそっぽを向いた。後ろからでも頬をぷくっと膨らましているのがわかるくらいには、思いきり頬に空気をためている。
「だったら良いです」
「なんでですか⁈ 私の名前を呼ぶだけで、質問の返事が返ってくるんですよ⁈」
「そうまでして聞きたいことではありませんので。聞きたいことがないか聞かれたから絞り出したものですから」
「絞り出したって・・・・そんなに私に興味がわきませんか? ジオさんは私とお話しすることが嫌いですか?」
「好き嫌いの問題ではありませんし、強いて言うのであれば嫌いです。ラースなんて全員・・・・話題も疑問も湧かないから答えていないだけです」
アルミアはさっきと同じようにしょんぼりとしてしまう。
どうしてだろう。彼女のこの顔を見せられると、どうしても責める気が起きず、言うことを聞いてあげたいという気分になる。
「・・・・はぁ、じゃあ私はすぐには思いつかないので、私への質問をしてください・・・・アルミアさん」
ただただ名前を呼んだだけだというのに、ぱぁっと表情を明るくし、綺麗な花が咲いたかのような笑顔を向けてくる。
その笑顔を見せられて、あまりの眩しさに目をそらしてしまうのは、僕が日陰者だからだろうか・・・・だとしたらなんて虚しい人間なのだろうか。
「そうですね・・・・」
そうしていくつも僕に質問を投げかけてくるアルミア。
僕が答えては、間髪入れずに質問をしてくる。どれだけ僕のことを知りたいのだろうか。
それとも初めて人に会った時は、こんなことを質問すると決めているのか。
こんな高貴な格好をするような人だ。そりゃいろんな人とも出会いの場があるよな。
どんな顔をして人と接すれば不快にしないかを、しっかりと心得ている。
ラースという人種が嫌いで、大嫌いで、最高に嫌悪感を覚える僕だけど、彼女という人間に関しては不思議と不快感を覚えない。それくらい彼女の話し方や、所作の一つ一つが、完成されたものなのだ。
ラースと話していてこんなにも薄まった嫌悪感を抱くだけで済んでいるのは、彼女が初めてだ。
いつもならこの場で刺し殺してしまいたい。くらい考えてしまうのに、今はただ早くこの場が去ってくれないかなくらいで済んでいるのだから、すごいものだ・・・・けれど、最も嫌悪するのは、初対面の人間にこんなことを考えてしまう、僕のひねくれた思考の方なのかもしれない。
わかっているけれど、長年積み重ねられたラースに対する感情というものがそう簡単になくなるものではないのだ。
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