第10話

「な、なんで⁈」

「僕だけでは誰かわかりませんよ。名前を言わないと怪しまれて当然です」

「そ、そういう物なのですか・・・・申し訳ないのですが、もう一度かけていただけないでしょうか」

「いいですけど、もう一度出る保証なんてありませんからね」

 アルミアがもう一度カンナに通話をかけてくれる。数回コールがあった後、

「なんなんですか」

 すぐさま彼女がスピーカーモードに変えてくれる。

「悪いジオだ」

「ジオ? どうして? って怪しい・・・・」

「本当に僕だって、僕のプロフィールをここで話せば信じてくれるか」

「じゃあ一つ確認。昨日うちが持っていったお弁当の中で、どれが一番おいしかった?」

「えぇ・・・・強いて言うなら卵料理」

「おぉジオだ。うちの料理に迷うところと、卵料理なんてシンプルなものを選ぶのは、ちゃんとうちの料理を食べた人だけだからね」

「自覚しているのなら、もう少し頑張ってくれると嬉しいんだけどな」

「う、うるさい‼ 今練習中だからいいの‼ そ、それで、何の用? というよりどうやってうちの携帯にかけてきたの?」

「詳しいことは話しにくいからここまで来てくれないか? 場所は・・・・」

「あぁそれなら大丈夫、通話してきているところから位置情報はわかった。今から行く」

 すげぇなこの機械。そんなことまでできるのか。

 感心していると、どこからかぐぅと腹の鳴る音が聞こえてくる。

 と言っても、音の主なんて一目瞭然だ。僕とアルミア以外にこの路地裏に人はおらず、僕自身で鳴ったのならどこかから聞こえてくることなんてない。僕の腹から聞こえてくるはずなのだから。

 だとすれば犯人はすぐに特定できる。 

 犯人を見れば、顔を真っ赤にしてお腹を押さえていた。

「っう・・・・すみません。朝から何も食べていなくて・・・・商店街のおいしそうな香りでお腹が空いてきてしまって・・・・」

「別に恥ずかしがることはないでしょう。誰かの腹の鳴る音なんて腐るほど聞いてきましたから・・ただ、私もアルミアさんもこの場から出るわけにもいかないので、もう少し待ってください。カンナに買ってもらうのが一番得策ですから」

「・・・・カンナさんはあとどれくらいで来るのでしょうか・・・・」

「さぁ、この時間ならそろそろ起きるころだったから、ほとんど寝起きに近いでしょうし、着替えや余計な準備なんかを整えていたら数十分はかかるのではないですかね。移動自体にはそんなに時間はかからないので、どうしても我慢ができないのでしたら、急ぐよう連絡してみたらどうですか?」

「わ、私が連絡するのですか? お腹が空いたので早く来てくださいって⁈ そんなはしたない真似できません‼」

「なんのプライドなんですか・・・・じゃあ、しばしの間我慢してください」

「・・・・ジオさんが連絡したらいいのではないですか? それならカンナさんも飛んでくるのでは?」

「無駄ですね。むしろ余計に時間がかかりますよ。僕がお腹が空いていると勘違いして、料理を作ろうとしますから。ことあるごとにカンナは手料理を僕に食べさせようとしてくるので」

「うぅ・・・・では仕方ないですね。我慢します」

 そこから彼女は体育座りをして、必死にお腹を押さえて我慢していたけれど、結局カンナが来るまでに五回はお腹を鳴らしていた。

 挙句のはて、聞かれたくないから耳を閉じるか、引きちぎるか、遠くに行くかを選択させられた。

 三個選択肢があって、そのうちの一個に怖いものが混じっていたんだけど・・・・仕方なく彼女を路地裏の奥に押し込んで、僕が商店街のほうを見張ることにした。


 ほどなくして、カンナがきょろきょろとしながらこちらに近づいてくる。

 路地裏の角の影から手を出して数回手を振るとこちらに気づいたようで、駆け寄ってきた。

「悪いな。起きたばかりだっただろう」

「⁈ ぜ、全然⁈ もうとっくに起きていたけど⁈ そんなぐうたらキャラにうちをしないでくれる⁈ 時間がかかったのは・・・・女の子なんだからいいの‼」

「まぁ何でもいいさ。それより・・・・」

「何でもよくないでしょ‼ まずあったら今日の服を褒めるくらいはしてよ」

「あぁ、かわいいかわいい。それで本題なんだけど・・・・・」

「ちょっと‼」

 ぷんぷんという擬音が聞こえてきそうな勢いで、怒りの感情をあらわにしている彼女の髪の毛がはねる。せっかく綺麗にセットしたであろうに・・・・本当によく似合っていたのに、自ら崩すなんてもったいない。

 けれど髪の毛が少し崩れていたとしても、あまりこういうことを言うのは恥ずかしいけれど、カンナはそれでもとてもかわいい。

 一本一本がとても細く、さらに毎日欠かさず手入れされている、彼女のピンクの髪の毛は以前少し触れただけでも感じ取れるくらいにはサラサラで、今日はその綺麗な髪の毛を可愛らしいピンクのリボンで二つにまとめている。 

 カンナはこのリボンをとても愛用している。

 僕と会うときはこれを使ってポニーテールにしてみたり、ヘアゴムと併用してお団子にしてみたりと、会うときそれぞれで違った髪形にするのがお気に入りのようだった。

 髪の毛だけでなく、顔立ちもとても整っている。

 アルミアの様に『お嬢様感がある、凛とした顔立ちの中にもあふれる優しさ』のような雰囲気ではなく、『容姿全体を通して可愛いに全振りしている』ような目鼻立ちをしていた。

 僕にとってはあまり好みではないところではあるが、周りから見たら彼女のきれいなオッドアイも、はつらつな性格の彼女とマッチしていて、この街だけでなく、他の街でも名前が上がるほどの人気者だった。

 オレンジよりも少し淡いパステルオレンジの瞳という明るい色が、彼女の性格の写し鏡と言っても過言ではなかった。

 奥の方にいるアルミアを呼んで来ようと思ったら、彼女は黙って僕についてきた。

 何度も行き来するのが面倒くさいだろうという、彼女の気づかいに感謝した。こういうところが僕とカンナとの付き合いが長いだけに、互いのことを考えれば何となくわかるのだ。

「アルミアさん。私の友人が来てくれました」

 奥でうずくまっていた彼女を呼ぶと、むくりと顔を上げる。それを見たカンナは驚き・・・・すぐに跪いた。

「な、何だ⁈ どうしたんだ⁈」

「ジオは馬鹿なの⁈ 早く頭を下げて‼」

 カンナにされるがままに僕もその場で跪かされる。どうしてこんなことをさせられているのか、僕には全く理解できなかったが、少し考えればわかることだったのだ。

 彼女が自己紹介で名前を言った時、自分を知らないことを不思議に感じていた。その時に広く名前が伝わった人なのだと理解するべきだったのだ。

「お初にお目にかかりますアルミア王女殿下。紹介にあずかっておりました、ジオの友人としてはせ参じましたカンナ・ランドールと言います」

 王女殿下。カンナはそう言った。 

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