第4話

 帝国と王国の国境に位置するクイアラ村。またの名を奴隷村。

 多くのアキアスが収容され、貧困に困っているラーナの奴隷として飼育されているけれど、飼育しているラーナでさえ、もっと有力の人たちの奴隷として日々働いている。

 奴隷しかいない村だから奴隷村。こんなに名誉的で、屈辱的な名前をもらった村が過去あっただろうか。いいや、無い。

 今日も今日とて僕は最底辺の人種として、日々の奴隷業務に勤しんでいた。

 ラーナの人たちの奴隷業務の当てつけで与えられた仕事を今日もこなす。

 これまで休眠以外の休みを与えられることなく、五年間奴隷としてまじめに働いてきた。

 不満は胸の内にため込んでいた。こんな世界なんてくそくらえだと、何度思ったことだろうか。世界を呪ったことなんて一度や二度じゃない。五年間、毎日、一日に数十回は欠かさず世界を呪った。

 朝が来ることを憂いた。目が覚めなければいいのにと何度願ったかわからない。

 いっそのこと死んでしまえば楽になれるのだろうかとも思ったけれど、どうして僕がこいつらのために命を散らさないといけないのかと踏みとどまった・・・・という理由をつけた逃避行だ。

 単純に怖かった。

 そこらへんに落ちているガラスの破片で手首でも、頸動脈でも切れば済む話なのに。

 うんと高い所から身を乗り出し、頭から落ちればいいだけなのに。

 そうした僕の身体なんて、誰一人助けようとはしないだろう。そこらで野垂れ死にしている家畜と大差ないのだから。

 燃やされ、灰になり、川に流されるだけだ。決して未遂になることはない。一命をとりとめることはあり得ない。

 それでもできなかった。死にたいとこんなに願っているのに。

 結局のところ死にたいと願ったって、臆病者の僕は、死が目の前に訪れたら恐怖で理由をつけて逃げるのだ。

 死ぬことが怖くなくなったらいつでも死んでやる・・・・そう考えて今日で早五年がたつ。

 奴隷宣告を受けてから五年。十五歳になった僕は今日も今日とて、死にたくても死ねない毎日を送っているのです。

 だけど僕はまだ幸福な方なのだ。だって彼女がいつも来てくれるから。

 同じ病院で、同じ日に、ほぼ同時刻と言っていい、奇跡といっても過言ではない、女の子の友達が僕にはいる。

 俗にいう幼馴染というべき友達だ。

 彼女とは生まれたときに親同士が知り合い、仲良くなったことで、僕と彼女もよく幼少時代を共に過ごしていた。

 小さい頃はずっと引っ付いていて、四六時中一緒にいたと言っても過言ではないくらい一緒に過ごしていたし、物心つくまでは一緒にお風呂に入っていた仲だ。

 さすがに物心がついてからは、一緒にお風呂に入ることはなくなったけれど、それでも一緒にいたことに変わりはなかった。

 初等部に入る頃、帝国内で起きたクーデターによって、それどころではなくなった。

 僕の家族と、彼女の家族は王国側の住宅街に住んでいたことから、そちら側への疎開が余儀なくされたけれど、両家族とも帝国への未練なんてこれっぽっちもなかったから、特に気にしなかったらしい。

 それから数年は物騒な時代が続いたことで、外に出ることも難しかったけれど、隣同士の家だったから、窓から身を乗り出しては会話を楽しんでいた淡い記憶がある。

 あの時期が、僕にとって幸せの絶頂期だったのかもしれない。

 まだ十歳になっていないから目は何色になるんだろうね、なんて両親、彼女と一緒に楽しみにしていたのに・・・・幸せなんてものはずっとは続かない。

 僕と彼女の間には大きな溝ができたのだ。もちろん能力発現によって。

 十歳の誕生日、僕と彼女の両家族はともに僕たちの目の色を見届けるため、彼女の家族も僕の家に来ていた。

 そして色が発現し、僕の姿を見た母親は、泣き喚き、「こんな子、私の子供じゃない。悪魔が私の子供を乗っ取ったんだ」と言って、すぐに家から追い出された。

 摘まみだされるとき、母親からは塩をこれでもかと身体中に振り撒かれ、父親からは親不孝者と言われて、頬も、目も赤くはれるまで叩かれた。

 悪魔が乗り移ると、母親が父親を止めるまで叩かれた。齢十歳の餓鬼が、成人を遥かに凌ぐ男性から本気で何発も叩かれれば、痛みに泣き喚かないはずがない。

 けれどそうしたら口に詰め物をされて、声が出ないようにされた。

 曰く、「悪魔の声など聴きたくない」だそうだ。今でもその詰め込まれたタオルケットを持っている。

 こんな忌々しい物は捨てたかったけれど、それがもったいないくらいにお金も、物資も何もないのだ。

 ぼろ雑巾のようになったこのタオルケットを持っているだけでも、周りから嫉妬の目を向けられるくらいには貧困に苦しんでいる。

 こうして幸せだった親と子供の関係は崩壊し、赤の他人と悪魔の子に成り下がった。

 何もわからない彼女にとっては、大人のしていることがわからないし、ただただ子供に暴力を振るう大人にしか映らなかったのだろうか。

 何度も僕の親にやめてほしいと抗議していたけれど、すぐに自分の親に引きはがされ、僕の家の裏口から自宅へと連行されていった。

 何度も僕の名前を呼ぶ彼女の声は、今でも脳裏に響くときがある。

 それと同時に、あの時の両親が人をさげすむような表情も同時にフラッシュバックする。

 だから彼女の事すら忘れてしまいたいのに、彼女は両親の隙を見てこの村にやってくる。

「カンナがこんなところに来たらだめだよ。ここはカンナみたいな人がいたら駄目な場所なんだ」

 と何度も言ったけれど、彼女は言うことを聞かなかった。

 僕の仕事を手伝い、できた隙間時間には自分で作ってきた弁当を並んで食べた。

『うちのいる場所はうちが決めるからいいんだよ。うちがジオの隣にいたいからここにいるの。さすがに十五になってまで自分の考えがまとまらないほど子供じゃないよ。私は私の意思でここにいるの』

 というのが彼女の言い分だった。 

 腹をすかしたゴキブリの様に、アキアスの人や、この村のラーナの人たちが彼女の弁当を狙って何度も囲まれたけれど、彼女の目の色を見てすぐに立ち去っていった。

 彼女が家に帰ってから、僕は領主によって何度も叩かれたけれど、僕にできた傷にすぐに気づいた彼女によって、僕への嫌がらせはすぐになくなった。

 それくらい、僕と彼女との間にできた溝は大きなものだったのだ。

 僕は溝の底に落ちた地底人。彼女は溝の上から僕らを眺める天女人。この場所では彼女に逆らうことができる人なんていやしないのだ。

 それだけに、彼女の側にいられる僕は一番安全なのだ。彼女を物として扱うようで気が引けるけれど、それでも実際問題、彼女の側にいることが安全なのだから仕方がない。

 彼女も自分の側にいることを容認しているし、奴隷の側にいたいという変わり者なのだから、存分に使わせてもらっていた。

 故に僕は幸せ者なのだ。彼女から物資が届けられるのだから。

 だけど最底辺の暮らしをしていると、考え方もドブネズミの様に薄汚く、淀んだものになってくる。

 僕は、彼女という物資に群がるハイエナの様に意地汚い。

 だから彼女と一緒にいるときは、実は苦しかったりもした。彼女がとても輝いて見えたから。

 今日だって、なんてことがない一日が始まるんだとそう信じていた。 

 彼女の庇護下で、惨めに、醜く、彼女に縋りつくんだと。彼女に光にあてられながらも、その光から抜け出せないのだと。

 あぁ、なんて情けないことを朝から考えさせられるんだと、自分の思考が嫌になる。

 意地汚い自分に嫌気がさし、朝のネガティブ思考は健康に悪いと知っていながらも、この考えを追い出せずにいた。

 しかし今日は違った。いつもなら僕たちアキアスを起こしに来る人が、今日は来なかった。

 不思議なこともあるものだ。そんなくらいに思っていた自分が甘かった。

 いつもの奴隷服に着替えて、ふと窓の外を見ると・・・・そこに広がっていたのは火の海だった。

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