第3話

 眠りにつくと、時々夢を見た。

 僕とは無縁の幸せな夢。僕には絶対に起こりえないような幸福な夢だ。

 そもそもこの世界では見たこともないような景色だ。

 男の人と、女の人が手を繋いで、きらびやかな街を歩いている夢。

 綺麗な家の中で、綺麗な家具に囲まれて、男の人が女の人に寄りかかっているような夢。

 どちらの顔にも幸せがにじみ出ているくらい、とびっきりの笑顔が浮かべられていた。

 なんて幸せそうな夢なんだ・・・・ふざけんな。

 こんな夢を時々でも見せられたら、今必死になって生きている僕との落差を見せつけられたら、生きている意味なんてなくしてしまいそうじゃないか。

 僕はそんな夢を見るために眠りについたわけじゃない。日々の疲れを癒すために、明日への活力を養うために、何とか隙間を使って眠っているのに、こんな夢を見せられて妬まずにいろ、というほうが難しいものだ。

 もうこんな夢を見せるんじゃねぇ、そう何度願っても、この夢を何度も見た。

 懇願するように願ってみても、何一つ変わりはしなかった。

 これはもしかして、前世の記憶なのか? そう思うことさえあった。

 だけど・・・・ありえないな。夢に出てくる目の色を見てそう思う。

 この世界ではありえない関係だ。だってこの夢に出てくる人たちは・・・・


 神暦二〇三五年。

 世界の唯一神〘ゾラス〙によって、人間という生物が作り出され、その寵愛ちょうあいを受けてから二千年以上の時が流れた現代。

 人類はあらゆる生物の食物連鎖の頂点に立ち、この大地に人類社会の形成に成功。豊満な大地をわが手中に収めた。

 ただし神とは酷い存在だ。人間一人一人に差を作る。

 個性と言えば聞こえはいいのかもしれないが、それは他者を区別するために必要な道具となってしまった。

 結果、感情という卑劣なものを与えられてしまった人間は、その差を使って人間を区別し、差別の対象となった。

 神に選ばれた力ある人。

 神に選ばれなかった非力な人。 

 それ以外の一般人。

 最初こそは些細な区別であり、なんてことはなかった。しかし歴史が進むうちに差別というものは大きくなっていく。

 力あるものが上に立ち、無いものが付き従う。

 力あるものが使役し、無いものが使われる。

 同じ人間の中で、主従という関係が誕生した瞬間である。

 主従の関係は次第に大きくなっていき、村を作り、国を作り、貧困の差は肥大化していく一方であった。

 その人間を区別する力の根源となったものこそ、『祈祷力きとうりょく』である。

 

 唯一神によって作り上げられたこの豊満な大地に溢れかえるその力は、生物の生きる糧となり、大地を作り上げる大事な力の源であった。 

 つくづく人間とは神に愛された生物だ。

 感情を操り、唯一神を崇めることが許された人間は、言語を使い他者と意思疎通を図り、神を崇める目録を作り、神の寵愛を受けた存在となり、大地に渦巻くこの力の唯一の使用者となった。

 人間はこの力を利用して、文明を大きく発展させた。

 建築物の強度増加、乗り物の動力源、通信手段の開発、娯楽物の創作など、人間社会に必要な、ありとあらゆるものが『祈祷力』を中心に回っている世界となり、この力なしでは世界は回らなくなった。

 それまで大地に存在していた資源と呼ばれていた木や鉄も重宝されていたが、それはあくまで祈祷力を行使するうえでの原材料であり、そのほとんどが祈祷力によって形を変えるものとなった。

 石油などの天然資源は次第に使われなくなり、価値がどんどん下がり、天然資源を使ったものは次第に骨董品としての価値を高めていった。 

 つまりは正真正銘、この『祈祷力』という力が人間社会にとって必要不可欠となったのである。

 しかし神とは前述したように酷く、不公平な存在なのだ。

 この力の使用権を平等には分け与えなかった。 

 人の選択。神からより寵愛された数少ない人だけが力の〘行使〙を許され、大部分の人間は、行使された物の〘使用〙を余儀なくされた。

 それだけならまだよかった。大半の人間がこの力の模造品に触れることが可能なのだから。

 だけどそれだけで終わらないのが、僕が唯一神を不平等だという理由なのだ。

 『祈祷力』に触れることを許された人間から生まれた人間は、十歳になると目の色が変化する。

 この目の色によって、祈祷力の使用が許可されるかが判別される。

 人間の約九割が両目同色、色付きの目に変化する。これが俗にいう一般人【ラーナ】と呼ばれる存在だ。 

 ただラーナの中でも格差はあった。より白く、薄い色の目をしている人間ほど力の使用に制限がないのだ。

 つまりはアルビノと呼ばれる個体に近ければ近いほど、人間社会の中で富や権力を振るう力があり、より色濃く、黒に近い色になるほど力が使用できず、貧困に苦しんだ。

 親は自分の子供がアルビノであれば大層喜び、その権力ちょうしょうに自分もあやかった。

 その逆であれば言わずもがな。まるで捨て子のように扱われ、他人からは侮蔑ぶべつされ、嘲笑ちょうしょうの対象となった。

 それくらいラーナの中でも、この力は格差を生む要因となった。

 多くの人が力の使用しか許されず、目の色によっては将来の仕事に幅が無く、ある一定の色以下になれば、生産職に就くことさえ不可能であった。

 触ることも、使用することもできないのであれば、何も作ることはできないのだから当然のことだった。

 

 またしても不平等な権化ごんげである人間を紹介する。

 人間の中の約一割に満たないくらいの人間は、オッドアイと言われる、両目異色に変化した。

 片目は真っ白に変化し、もう片方が全く違う色になるのである。

 この変化を遂げた人間は、【ラース】と呼ばれるようになり、他の人間から崇められるようになった。俗にいう選ばれた人間である。

 祈祷力の使用だけではなく、行使が可能となり、大地に渦巻く力を自由に使用することが可能であった。

 それにより、ラースはラーナより、強固な肉体をしており、ただのラースでは太刀打ちできないような身体能力を発揮できる。それだけでも差別は充分だというのに、神は無慈悲にもさらなる変化をもたらしたのだ。

 ラースは『ブレイブ』という能力をその身に一つだけ宿し、行使することも可能であり、その力を発揮する分野においては、かなり重宝される力であり、ラーナからラースは神の子と言われ、崇められるほどであった。

 ブレイブの力は多岐にわたり、錬金や回復といった生活に関わるものから、銃撃や剣撃といった戦いに使われるものまで存在し、そのどれもが祈祷力によって生産されたものを遥かに凌駕するものから、そもそも再現することすら不可能であるものばかりだった。

 病院に現れれば患者から神のように崇められ、貧困地域に赴けば神のように崇められ、そして戦争に出陣すれば神のように崇められる。とりあえず崇められる。何をしても崇められる。そんな存在となったのだった。

 しかし、そんな素晴らしい存在をホイホイと作らないのも彼の神の意地汚い所である。

 ラースが生まれる確率が高いのは、ラースの親を持つ家系のものが大半であり、そのほとんどが上位人間として崇められ、一般人との格差をさらに生む要因となったのだ。

 『力あるものは、力あるものからしか生まれず』それが世界の常識であり、力の行使によって、弱者を支配する構図が完成したのである。

 さらには、白い目とは逆の色の目の色によっても格差が生まれる。

 もう片方の目の色がさらに白に近く、薄ければ薄いほどブレイブの力が増し、より強力な能力者となるのだ。

 つまりは上位人間の中でも格差を生み、時には親子関係の立場でさえ逆転することがあった。

 神はいくつの格差をうめば気が済むのかとうんざりする。

 ごく稀に、一般人の中からラースが生まれることもあるようであったが、それによって家庭が崩壊することもしばしばあり、一般家庭において、ラースの存在は忌み嫌われることがほとんどであった。

 結果ラーナとラースの間には、貴族と一般人というさらなる溝が生まれ、かなりの軋轢あつれきを生む要因ともなったのである。

 

 さて、僕の話を聞いてくれている皆さんは、少し疑問に思ったことはないだろうか?

 ラーナが生まれる確率は約九割。ラースが生まれる確率は約一割に満たない。

 それでは残りの数パーセントの人間はどうなったのであろうか? と。

 神はラーナとラースという格差だけでは飽き足らず、さらにその下を作ったのだ。

 ラーナの中でも格下の人間が生まれてしまったとしても、まだ安心して生きていられるのは、この存在のおかげである。

 それが僕たちである。僕こと、ジオもまたその一人である。

 十歳になる日、僕たちは家から追放され、奴隷として収容される。その理由は単純明快であった。

 ・・・・僕らが悪魔の子と呼ばれているからだ。

 この世界で【アキアス】と呼ばれている僕らは、片方の目が白色に変化する。ここまでは良いのだ。いいことしかない。

 しかしもう片方の目がある色になるだけで、ラースとは天と地ほどの差を生むことになる。

 逆の色が漆黒となるだけで、親は人外を生んだと泣き喚き、すぐに奴隷を区別するための腕輪をつけさせられ、貧民街に輸送される。

 さらにはその貧民街のラーナに奴隷のように使われるのだ。つまりは、実質的に人類の中でもの最底辺の人種の完成であった。

 ラースの派生形として生まれた僕たちは、御多分にもれず『ブレイブ』の行使も可能であったが、そのどれもが人を殺すことに長けており、人の役に立つことは叶わず、『人類を滅ぼす存在』や『神にあだを成す悪魔』と比喩され、力の行使の一切を禁止された。

 アキアスは全員、誕生とともに〈アプラグ〉と呼ばれる腕輪をつけさせられ、力の行使を封じられる。 

 それは力の行使による祈祷力の流れを検知したとき、耐えがたい痛みに襲われるという半暴力的な解決による力の抑制だった。

 ただし、これだけならここまでされることもなかったのである。

 ほかのラーナやラースと決定的に違う要因が、ここまでの差別を生むことになったのだ。

 それは・・・・祈祷力の生産も、使用もできないことである。

 アキアスにできたのは、祈祷力を貪ることだけだった。

 

 祈祷力とは読んで字の通り、祈りの力である。

 いくら大地に溢れかえる祈祷力であっても、生物が生きるために使用し続ければ、いずれは枯渇してしまう。

 神はその枯渇を防ぐために、人間を作ったのかもしれない。そういう風に考える人間が一定数いるくらいには人間は神に寵愛されていた。

 ブレイブの使用は、この祈祷力を多量に使用する。強力であればあるほど。

 それでも崇められるのは、それだけ人類に対する恩恵が大きいからだ。

 能力はS、A、B、C、D、E、の六段階に評価され、評価が高ければ高い程、より高位な存在に成りあがる。

 言語や感情を使って祈りをささげることができる人類は、ラーナ、ラース両名とも神に祈りをささげることで、大地に祈祷力を補填することが可能であった。

 そしてその補填された祈祷力で、また人類の繁栄に使用する。この循環が成り立っているのである。

 この祈祷力の生産を『礼拝』と呼び、一日一回、どの国の人類でさえ、どんなに格下の人類であろうと義務付けられた。

 自分たちの繁栄をするため、自分たちの生活を守るため、唯一神に祈りをささげる。そして見返りとして補填された祈祷力を行使して、また人類の発展に繋げた。

 しかし僕たちアキアスは、いくら礼拝をしても祈祷力は生産せれず、さらには祈祷力を動力源とするすべての物体に触れることすらできないのだ。

 神に祈りをささげることが許されず、神の創造物に触れることも許されない。あまつさえブレイブの行使だけが許され、神の力を貪ることしか許されない。

 なるほど。それでは僕たちが悪魔の子と呼ばれることも納得いく話だ・・・・なんてそんなことを受け入れられるわけあるか‼

 あぁ、なんて不平等な世界なんだ。たかが目の色の違いで差別され、あらゆることを禁止され、さらには人類の最底辺として晒される。

 何もしていないというのに・・ただ生まれただけだというのに・・・・どうしてここまでの屈辱を受けなければいけないのだろうか。

 嘆いたところで、変化しない世界を憂いたところで、しょうがないことだ。だから僕はいつもの奴隷の仕事に戻るとしよう。 

 さて、僕のような奴隷の仕事話を聞いたって、つまらなく、気分が悪くなるだろうし、一般人である君たちにとって興味もないことだろう。

 最低人種の人間の話なんて、つまらないことこの上ない。だから今度は世界についての憂いを話そう。


 神によって作り上げられた豊満な大地は、現在五つの国によって分割されていた。

 圧倒的な国土を有し、総人口では他の国を圧倒し、国力では他の追随を許さない、レウニアス連邦。

 技術革新によって圧倒的な軍事力を手に入れ、現在どの国からも最も脅威とされる軍事国家である、ドウグル帝国。

 人類国家の先駆けとなり、人類に最も多くの革新をもたらしたとされ、さらには現代においても先進国として人類に繁栄をもたらし続ける、人類国家最古の、イシュカル共和国。

 豊満な祈祷力が集まる大地を有し、生産力において他の国の追随を許さない、スウェルティア合衆国。

 そして、十年前クーデターによってドウグル帝国から分割された人類国家にして、最新にして、最小の国家、ガーデル王国。この五つだ。

 過去にはもっと多くの国が存在していたようだが、今ではそのほとんどが王国以外の四つの国のいずれかに統合されることになったのだ。

 中でもガーデル王国は十年ぶりに新しく生まれた新国家ということで、他の国から注目を集めた・・・・別の意味でも。

 この国は他の四つの国に覆われ、隣接する内陸国家であり、さらには新国家ということで国の体制もままならない弱小国である。

 当然、他の国がこんな弱小国家の存在を許すはずもなく、建国当初は国同士の戦争が頻発していた。

 誰がこの弱小国家の国土を保有するのか、大陸の中心部を保有することが大きな意味を持つことを理解している諸列強は、いつでも攻め落とせるガーデル王国を後回しにして、他の国をすべて制圧することに力を加えた。

 かくして世界は大戦争へと一触即発となった。小競り合いが多発し、小さな村々が何個も焼け野原になった。

 隣国で同盟を結んで、大国を潰す計画を立てるも、同盟を結んだ国でさえ王国の簒奪さんだつをもくろんでいるのだから、どの国も信用できない。

 自国の軍事力で勝ち残るしかないのだが、軍事力一つ見ればドウグル帝国に敵う国がない。

 ただし戦力、国力というパラメータをみれば、レウニアス連邦に敵うはずもなかった。

 であればこの二つの列強国が王国を手に入れるのかと思われていたけれど、そうもいかないのが世界の戦争というものだ。

 連邦と帝国は王国をはさんで対面していて、なかなかに手が出せない。

 一度帝国が連邦を攻め落とそうと、合衆国と同盟を組み進軍を開始したが、その背後を共和国が強襲した。

 それを好機ととらえた合衆国が同盟を破棄し、挟撃に出るも、帝国の軍事力に敗退。

 共和国をも退けることに成功した帝国だったが、軍事設備を多く消耗し、進軍どころではなくなったのだ。

 これを見逃すほど連邦も愚かではない。消耗した国々を各個撃破しようと目論んだ。

 しかし世界、人間とは面白いもので、すべてを奪われる危機が迫ったとき、どれだけ仲が悪かろうと一時的に手を取り合えるものだ。薄っぺらい友情に感謝だな。

 帝国、合衆国、共和国の合同戦線が一時的に設けられ、連邦を退けた。

 大きな動きを見せたかと思われた世界大戦も、どの国も自国が大好きで仕方がなく、消耗を避けるために硬直状態が始まったのである。

 それが、王国が誕生してから二年間の出来事である。

 しかし、一触即発となった世界大戦が膠着こうちょくしてから半年が経過したある日を境に、しばらくの間戦争は停戦状態となったのであった。

 王国で行われた首脳会談によって、王国がすべての国と友好関係を築くことを公表したのだ。

 さすがに批判的な声が多く挙げられたが、意外なことに、すべての諸列強はこれをすんなりと受け入れた。

 結局のところ全員戦争が嫌いで、戦わなくて済むのならば、自国を傷つけなくて良いのなら、それが最善であった。

 さらに言えば王国を奪取したとて、どれだけ優位な場所を自国としようと、その後の戦争の火種となることを理解していたのだ。

 だけど始めてしまった以上、自分から辞める理由が見つけられず、誰かが止めてくれることをどの国も待っていた。

『今後いつ、いかなる時も、ガーデル王国への軍事的な侵略の一切を禁ずる』

 首脳陣で取り決められたこの条約は、後にレドイスガ同盟と呼ばれ、各国は王国はおろか、他国の諸列強を攻める理由を失い、かくして世界は戦争のない平和な時代が到来したのである。

 めでたしめでたし・・・・で終わるのならこんな話をしない。

 そもそも僕は最初に言っただろう? 『世界についての憂いを話そう』と。

 じゃあなんでこんな話をしたんだよって? 世界は平和に包まれたんだったら何の憂いを話す必要があるんだよって? 

 そんなことは単純明快だ・・・・今目の前で、帝国による襲撃を受けて、辺り一面が焼け野原になっているからだよ‼

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