第5話 『召喚術師と世界の果て』より抜粋
『召喚術師の逆襲 第一章 #005』より抜粋。
#005
「おー、いたいた! やぁスキャットくん」
スキャットと呼ばれた少年は、一瞬だけ苦悶の表情を浮かべた後、庇うように一歩だけ前に出た。
「おっと。頼むよスキャット君。頼むから、少し落ち着いて?」
「落ち着いてますよ勇者さま。俺は至って冷静です」
深い森。
ざーざーと雨は降り注ぎ、少年ーースキャット・デルバルドの黒髪を濡らす。
スキャットはまるで雨粒をひとつひとつ数えているかのように天を見上げ、青年ーー
「なら分かるだろ? こんなガルディア国をーー世界を敵に回そうなんて間違ってる! ほらこれを読んで!」
勇者は難解な文章で書かれた紙を突きつけ、わがままな子供を説得するように語尾を強め説明する。
だがスキャットはちらりとだけ紙を見て、
「あいにく勇者様、俺は文盲なもんで。文字はよめません」
と言った。
「じゃあ聞かせてあげるよ! よく聞いて! この命令書はね、ガルディア国公式のものなんだ。命令は単純。”魔女は抹殺”だ。分かるかい? 抹殺だよ抹殺」
「すみません勇者様、実は耳も聞こえないんです。都合が悪いことは特に」
スキャットの視線はようやく勇者の方に向き、軽いジョークを飛ばす。
「それはズルいよスキャットくん。都合の良いことばかり言っちゃいけない」
「人類最強を相手にしてるんです。ズルい
スキャットは腰に下げた木刀を抜く。
「おっとまさか、スキャットくん、勝つつもり? 英雄のボクに? たかが村の少年の君が? 木刀ひとつで?」
冗談にしても笑えないよ、と勇者はため息をつく。
「勝ちますよ、そりゃ。そうしないとならないならね」
「はぁ……きみはやっぱり冷静じゃないね、率直に言って、頭がイカれてる」
「さぁ? どっちがイカれてるんでしょうね」
「いいかい? これはこの国の法律だ。君はそれを破ってる。そんな横暴を許されるのは悪魔だけだ」
「それで結構。悪魔にでも神にでも、魔神にだってなれますよ俺は」
「大きく出たねスキャットくん。神……ね。いい響きだ。じゃあ神様なら、海でも割ってみるかい? それとも水をワインに変えるかい?」
「必要なら海をワインにしてみせますよ」
「はは、いいね」
勇者はようやく笑った。
けれど、スキャットは本気だった。
唯一この場で、彼だけが命を懸けている。
勇者は彼の目をみて、もう言葉では伝わらないと悟った。
「はぁ……君のことは好きなんだけどね。出来るなら、戦いたくはないんだ」
勇者は諦めたかのように背丈ほどもある国宝の剣"シンデレラ"を抜く。
「俺も好きですよ勇者様、あなたのことが。なんてったって俺は、国のために、世界のために戦うあなたたち英雄に、憧れてたんです。だから出来ることなら、そう出来ることなら。俺だって戦いたくない」
雨で滑らぬよう、木刀を万力のように強く握る。
「でも……約束したんです。死んだ母と。たったひとつの約束を。だから――出来ません。避けられません。あなたのお願いを、俺は聞けません。”君の妹を殺させて欲しい”なんて――到底無理なんです」
勇者達は、スキャットの大切な妹を、背に隠れ怯える妹を、奪い殺そうとしているのだから。
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プロローグ
『召喚術師の逆襲』
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