第4話 ようこそ糞溜めよりくそみてぇな世界へ
それは小さな思い付きだった。
『そうだ! 物語は戦争から始めよう。そうすれば緊迫感が生まれる!』
『人間は副官ミレの解き放った化け物に蹂躙されよう!』
『うーんどうせなら死んでいくキャラに意味を持たせようか。ここで死んだモブキャラが実は主人公のお父さんだったりして!』
人目につきたい、インパクトを持たせたい。
そんな幼稚な思考の元作られた物語の始まり。漫画を盛り上げるために用意された装置。
彼らの死を望み、悲しみを望んだ張本人。
「夢だ夢だ夢だ夢だ夢だっ!!」
頭を抱えながら雪の中にうずくまることしかできないアキを、ミレは片手で持ち上げる。
「はぁ……いいか主殿。ここは現実だし、アンタがボスなのも本当だ。だから大将は後ろに下がってろよ。戦争の邪魔すんな」
迫りくる偽物たちを目の前にして、ユグドラシルは自身の愚かさをようやく理解した。この世界がたとえ作られたものとしても、今ここにある世界が偽物とは限らない。
「みんな……みんな殺されるっ! ミ、ミレ!やめてくれ! 俺が悪かった!」
凛と立ち、憎き人間を睨むミレに、ユグドラシルは懇願するため近づく。冷えてうまく動かぬ足を言おうなく動かすものだから真っすぐ歩くことなく雪の中に倒れる。それでも前へ進もうと、這いずりながら深い雪をかき分ける。
黒のヒールを履いた長い足にたどり着き――やめてくれと願う。
しかし、ミレには届かない。
まるで下種を見下すように言う。
「頭イカれてんのか
「ミ、ミレ! 頼む!」
「ヤだね」
ユグドラシルの願いを足蹴りにし、ミレは両手を広げ天を向いた。
そして――空漂う天空城に届くような、まるで
「ハローハロー。みんな起きて。お仕事の時間だよ。朝食は食べた? 音楽の準備はOK?」
その瞬間、空からいくつもの『黒』が落ちてくる。
ユグドラシルは当然の如くその魔獣を知っている。自身が作り出したミレ・クウガーの配下達であった。
「さぁ殺そう。一人残らず殺そう。踏んで炙って千切って遊ぼ。頭蓋はペシャンコ背骨はおしゃか」
マンモスを元に描いた魔獣。
雪原で降り立ったのは数十メートルはある巨大な影。
黒煙を纏い致死の匂いを醸す四足歩行魔獣。まるで固まった石油のような質感の肌からは体からは黒い血が溢れている。
唯一きれいに並んだ歯々の白色が不気味さを掻き立て、八つある眼は仰々しく開き、敵を睨みつけている。
血とガソリンが漂う巨大な
「私の友達さん。鬱陶しい人間を、爽やか死体にして家族へ返してあげちゃおう」
天空城から聞こえる鐘と金楽器の音を合図に、
巨体を機敏に動かしながらまるで和紙のように人間を破り、食いちぎっていく。
巨大なマンモスが敵陣に跳び進めるだけで――数人の敵兵を踏み潰す。
山のように太い腕を乱雑に薙ぎ払うだけで――敵兵は脆く破裂する。
草食獣のような歯を立てるだけで――敵兵は食いつぶされる。
残虐。悲惨。そんな言葉で表すことすらおこがましい。
「こ、こんなものを……俺は……」
目の前に広がるのは、到底受け入れられない世界だった。
万の兵を数百体の魔獣が食い散らかす姿。
「俺はなんてことを……」
血の匂いに誘われて一姫太郎は歩を戦場へと進めた。
溢れかえる死体。
むせ返る血の色。
延々と続く悲鳴。
虐殺が繰り返される赤い海で一人の兵士を見つけた。
ガルディア国の制服は血にまみれ、右手と右足がなく、目玉も潰れている。
兵士はまるで生体反応のように「あっ……あっ…」と声をこぼす。
アキは急いで近づき、声をかける。
「おい! 大丈夫か!」
血まみれの体を起こし兵士を抱きかかえる。
「今助けるからな……」
男はアキの声に反応すると、ズボンのポケットに左手を突っ込み小さな懐中時計を差し出した。
「もう……俺は助からない……感覚が……ないんだ」
「諦めるな! 大丈夫だから!」
「誰か……誰か知らないが……これを……これを子供に――」
潰れた顔と力ない血まみれの左腕で、男は一姫に差し出す。
「あぁ……」
一姫はそれを受け取り、男の左手を強く握る。
「必ず……必ず子供に渡す。でもそれはお前が渡すんだ!生きて……生きて渡せ――」
「――危険だぜ、
その瞬間――ミレの大太刀が男の額に刺さった。
か細い声の男はビクビクと痙攣し、額から血を流す。
「人間は危険だ。自爆や騙し打ち、なんでもありだ。いい加減城に戻れよ
ミレは男から剣を抜き、血を払う。
「お前……なんてことを……」
「? なんてことを? ……おいおい、マジでどうしちまったんだよ」
「なにを言って――」
――あぁ違う。
「おかしいのは――俺か」
アキ改め、魔神ユグドラシルの意識はそこで一度途絶えた。
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