第16話:低音で言いたい擬音

 お仕事系ローファンタジー『龍巣の掃除番』。

 現実世界に龍が現れて100年。

 龍は人間を下等種と見下し、特に攻撃するわけでもなく、人間の生息地に自分たちの巣を作って自由に生活していた。

 人間は龍の生体調査を進めていく中で、龍の排泄物にそれまで地球になかった物質が含まれていることを発見する。それは医学、工学、そして軍事力を飛躍的に発展する可能性を秘めていた。各国は龍が留守の間に巣から排泄物を回収する組織を発足させるのだった。

 俺が選んだ3つ目の擬音が描かれているのは、主人公たち回収班が巣で排泄物の回収に夢中になっていたところに龍が帰ってきたシーン。

 勝手に巣を暴かれて怒りのオーラを放つ龍と怯える人間たちの間に描かれている。


ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ


 べつに低音で言わなくてもいいのだが、なんとなく低音で言いたい擬音。

 ナーガスは漫画のコマ通り、俺に恐怖して身動きがとれない。

 初実戦で火熊にも使っているので効果は実証済みだ。

 自分が悪者っぽい扱いになるのはいい気分ではないけれど、強者感があるので良しとしよう。


「ま、また、おかしな魔術を使ったな、青年!」


 ナーガスが「はーはー」と恐怖で息を乱しながら叫ぶ。

 『ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ』の怒りのオーラは結界を超えないようで、観衆には一体何が起きているのか理解できていないようだ。

 俺が突然「ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ」と言い出して、ナーガスがそれに恐怖するという、意味不明な光景として映っているだろう。


ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ


「こんなまやかしは時間稼ぎにしかならない! 私の『貴婦人の手袋』の効果は健在。しかも効果は俺の全身に及んでいる。私が鎧を脱がぬ限り、君に勝機はないぞ!」


 『貴婦人の手袋』は全身防御なのか。

 本当によく種明かしする人だ。

 それだけ俺を見下しているということだろう。

 ただ、種明かしされるまでもなく、ここからどうしたものか考えないといけない。

 『ズドン!』の拡大解釈率を上げれば攻撃が効くかもしれないが、加減を間違えると殺してしまう恐れがある。殺害は即失格だ。

 これが決闘じゃなければなぁ。

 いや、異世界だからって、殺人はしたくない。トラウマ案件になる。

 何かないか……。

 訓練で使った擬音を思い出せ。

 ……ドアを閉める『ばたん』、窓を開ける『ガラ』、床が軋む『ギシ』。何度も繰り返したのは瓶を倒す『ガッ』。

 どれも日常生活の擬音ばかり。

 レミさんは派手な擬音を試したがっていたけど、俺が失敗を恐れて無難な擬音ばかり選んでいたから。あー気弱な過去の自分を殴ってやりたい!


ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ


 こうなったら、JUピー!で印象に残っているページを思い出すしかない。

 訓練で何度も繰り返し読んだんだ。何か使えるコマを覚えているはずだ。

 …………印象的なコマは思い出せた。

 でも、ページ数までは覚えていない!

 そもそも漫画を読むときにページ数なんて気にしていない!

 目次なんて作者の近況コメントしか読まない!

 雑誌のページ数なんてあってないようなものだ!

 こうなったら、『ガッ』とか効果なさそうな擬音をダメ元で使ってみるか?


ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ


 ん? 『ガッ』の次のページって確か……。

 そうだ!

 あれなら『貴婦人の手袋』を無効化させることができるはずだ。

 思わず笑いそうになるが、『ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ』と言い続けないといけないので、ぐっとこらえた。


 勝機が見えた。

 ありがとう、『変換ハニートラップ』!

 現実世界に戻れたら過激な加筆がされた単行本を買わせていただきます!

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