第15話:度を過ぎる痛いは熱い

「どうやら降参する気はないようだな」


 そう言うとナーガスは剣を鞘に納める。

 てっきり剣で攻撃してくると思っていた俺は、その行動が理解できなかった。

 抜刀術とか必殺技でも繰り出すつもりなのだろうか?


「弱者を一方的に剣で攻撃するなど騎士道に反する。そんなことをすれば、ご婦人方の声援がなくなり、『貴婦人の手袋』の加護を失ってしまう。魔術師の行動は予測できない。ここは万全を期して相手をしよう」


 ナーガスはぐっと拳を握りしめて構える。

 その体勢はボクサーのようだ。

 やつのイケメン面と相まって、ハリウッド映画のワンシーンでも見ているような、画になる光景だった。

 

 現実逃避な思考を巡らせている余裕はなかった。

 ナーガスが「シュ」と短く息を吐いたかと思った瞬間。彼の右ジャブが繰り出された。

 俺は反射的に両腕を顔前に上げてガードのポーズをとる。

 ギリギリでガードに成功するがめちゃくちゃ痛い!

 防御力の上がったスーツのジャケットでダメージは軽減されているはずなのに、痛いを通り越してもはや熱い。

 ジャケットの効果と少し強くなって若返った体がなければ、たぶんこの一発で終わっていただろう。

 社会人になって20年以上、デスクワークばかりで運動なんてしてこなかったから。レミさんに感謝しつつも、どうせならもっと強い体に変化させてほしかったと不満に思った。


 そこからは防戦一方だった。

 ナーガスのパンチを両腕でガードするのが精一杯。

 ただ、腹を狙ってこないのは、奴はこの段階でも俺に手加減しているのか?

 それとも、女性陣に自分の勇姿を見せつけたいのか?

 ナーガスの思考はどうでもいい。

 俺には手詰まりの状況だ。やつの聖異物『貴婦人の手袋』のせいで『ズドン!』は効かないし、『キンキンキンキン』はただ剣を交えるだけしかできない(しかも剣は先ほど手放してしまった)。

 もう攻撃する術がない。

 俺にすごい記憶力があれば、もっとたくさん擬音を用意できたのに。   

 ここで試合終了、いや、人生終了だ……。


「ポチ君なにやってんだ! 一旦距離を取れ! 120ページだ!!」


 村民の歓声(主にナーガスを応援する女性の声)の中にレミさんの声が聞こえる。

 120ページ?

 レミさんの言葉を理解するのに、少し時間がかかった。

 俺が手の甲に書いた3つ目の擬音。そのページが120ページだ。

 けん制用の魔術なので攻撃はできないが、確かに一旦距離は取れる。

 ナーガスが手加減している今なら、まだ呪文を唱えることはできるはずだ。


 ガードしている腕の隙間から、まだJUピー!が俺の横で滞空していることを確認する。

 ナーガスは時折、観衆の女性に強さアピールしているが俺への攻撃は継続中。

 そして、俺の両腕は痛いも熱いも通り越して、もはや感覚が麻痺している。腕を上げ続けるのもそろそろ限界だ。


「開帳、120ページ。拡大解釈率、中」


 小声で一気に唱える。

 レミさんたちとの訓練で、ここまでは小声でも発動するのは確認済み。

 ただ、擬音は魔術をかける対象物に届く声量でないと発動しない。

 JUピー!が該当ページを開いたのを確認する。

 しかも、ナーガスはファンサービスに夢中で気づいていない。

 俺は爆上がりしている心拍の中、無理やり大きく息を吸うと呪文を唱えた。


 次の瞬間、ナーガスが大きく後退する。

 そして、恐怖に満ちた表情で俺を見つめて体を震わせている。


「いいぞ! ポチ君! ポチ君の戦いはまだまだこれからだ!」


 レミさんの嬉しそうな声が聞こえた。

 でもそれ、打ち切りエンドの煽り文句ですけど……。

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