第11話:決闘開始
「これより怨霊退治に向かう者を決める決闘を行う! 挑戦者は商会の護衛団剣士ナーガス! そして異世界の魔術師ポチ!」
ナーガスの名前が呼ばれた瞬間、「キャー」とか「頑張って!」という絶叫に似た女性の歓声が上がった。
一方、俺の名前が呼ばれた時は「ママ―、なんであの人、お菓子の名前なの?」とか「弱々しい名前」とか困惑に似たざわめきが起こった。
最近、ポチと呼ばれることに慣れてしまっていたが、大衆の前で「ポチ」と言われるのは相当恥ずかしい。
ただ、本名の「ほち」がどれくらいの下ネタかわからないので、訂正する気も起きないのだが……。
村長が大きく咳をして村民のざわめきを鎮めた。
「武器の使用は許可するが、殺傷能力の高い鋭利な刃物は禁止。魔術も使用可能だが殺害や後遺症の残る術は禁止。勝負の判定は相手に降参と言わせるか、ダウンさせて4カウントを取るかとする!」
ステージの中央で村長が決闘のルールを読み上げた。
刃物禁止はありがたい。
ソラちゃんたちが施してくれた防御は衝撃の緩和だけで、鋭利な刃物を防ぐことはできないらしい。それに刃物で切られるなんて、想像しただけでもぞっとする。
魔術に関しては火熊との戦いの後に殺傷しない「拡大解釈率」の強弱も予習したもので、間違えても殺すことはないだろう。
後遺症については……レミさんたちが魔術でどうにかしてくれるだろう……たぶん。
ちょっと気になるのが、カウントの数が3や10ではないこと。数字の区切りが俺の世界とは違うようで少し違和感がある。
「決闘の前に安全のため、闘技場に結界を張る! レミ、よろしく頼む」
村長は俺の横にいるレミさんに目配せすると、急いで闘技場から場外へと走り出した。
レミさんは「はいはーい」と手を上げ、その場にしゃがみこむ。
そして、ソラちゃんの手を握り、もう一方の手を闘技場のガイドラインになっている荒縄に置いた。何やらぶつぶつと言葉を発している。たぶん呪文のようなものなのだろう。
しばらくすると、一瞬だけ荒縄が青白く光った。
「村長さん! 結界できたよー」とレミさんが立ち上がって伸びをする。
そして、俺の方を振り向いた。
「この結界は闘技場の内側から外側への強い衝撃を阻む効果があるんだよ。だから、魔術を使っても場外に被害は出ないからね。逆に外からの干渉はできるから、光も大気もなくならないから安心するといい。勝敗が決まったら自動で解除するようになってるから。さすが私、丁寧な仕事ぶりだよねー」
村民への被害が出ないのはいいけど、それって俺が場外に逃げるのも不可能ってことじゃないか?
俺が抗議しようとした瞬間、レミさんが俺の背中に手を添えると闘技場の中へと押し出した。
転ばないように体制を整えて振り返ると、ひらひらと手をするレミさんが「頑張って」と笑っている。
彼女の方に手を伸ばすが見えない壁に遮られた。どうやらこれが結界なのだろう。
「異世界の青年! こちらの準備はできている! いつ始めてもいいぞ!!」
結界に手をつけたまま、ゆっくりと振り返るとナーガスが仁王立ちでこちらを見ている。
その表情は満面の笑顔。白い歯を惜しみなく見せつけている。
これが漫画なら、きらりと光りそうだった。
「準備ができたなら、開始の号令をかけるぞ!」
村長も俺に催促してくる。
これはもう逃げられない。
これまでの人生、中学生のときに習っていた剣道の試合、大学受験、就活の面接、会社の初出勤、いろいろと緊張する場面はあったが、この状況になったら、そんなものは大したことじゃなかったと思える。
深く深呼吸して意を決すると、俺はナーガスの方へと数歩進んだ。
闘技場の大きさは柔道や剣道の試合場より少し大きいくらいだろうか。
ナーガスの前、3メートルくらいのところで歩みを止める。
「両者、健闘を祈る。それでは決闘開始!」
村長がこれまで以上に大きな声で叫んだ。
俺はベルトに紐で括りつけていたJUピー!を取り出すと、自分の近くに浮遊させる。
ナーガスは特に動きを見せず、腕を組んだままだ。
余裕なのか、それともこれがこの世界の構えなのか、この段階では判断ができない。
「異世界の青年よ! 決闘は初めてか?」
「まあ、そうですね。試合ならありますけど……」
「では、少しハンデをやろう! 最初の一撃はサービスだ。私は一歩も動かないから好きに攻撃するといい!」
一瞬、何を言い出したのか、理解できなかった。
これは罠なのか? それとも紳士的な対応なのか?
ナーガスの意図を探ろうとハリウッド俳優のような端正な顔を凝視するが、今にも白い歯が光りそうなことしかわからなかった。
イケメン過ぎる面を思いっきり殴ったら、すごくスカッとするだろうな。
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