第10話:屋台では綿菓子が食べたい

 決闘場所は、先日レミさんたちと行った村の広場だった。


 広場の地面に太い荒縄が正方形を描くように置かれている。

 どうやらここが決闘のステージになるのだろう。

 それよりも気になるのが広場に並ぶ屋台だ。

 肉や魚の串焼きや酒、りんごのような果実を棒に刺して蜜をかけたものなど、祭りの屋台メニューらしいものがいたるところで売られている。

 今日は祭りなのか?

 俺の決闘はその余興なのか?


「わー。いろんな屋台が出てるね! ねえソラ。綿菓子食べようよ! ポチ君も食べる?」

「いや、そんな気分じゃないので……。そもそもなんで祭りになっているんですか?」

「森の中にある田舎だからね。娯楽が少ないんだよ。だから決闘なんて珍しいイベントがあるなら村全体で楽しみたいってことなんだろうね」

「そんな……」

「村のみんなからしたら、ポチ君でも短足イケメンでも、怨霊の元凶を倒してくれるならどっちでもいいからさ」


 なんと身も蓋もない発言だろう。

 レミさんは裏表ない性格で接しやすいのだけど、時々、その言動が俺の胸をえぐる。

 思わず、がっくりと肩を落としてため息が出た。


「すみません、ポチさん。村のみんなにとっては、ポチさんもあの剣士さんも、どちらも怨霊退治を志願しているという認識なんですよ。ポチさんが不本意だってことを知らないので……」

「フォローありがとう、ソラちゃん」


 確かに俺が渋々決闘や怨霊退治をしようとしていることは、村の人たちは誰も知らない。

 そのせいか、俺が広場に向かう道中、村の人たち、主におじさんから「頑張れよ」とか、「あの優男に負けるな」とか、応援の声を浴びせられた。

 どうせ応援されるなら、女性からが良いのだが、女性からは全く声がかからなかった。

 いいんだ、どうせ俺なんて異世界でもモテないだろうから。


「おい。レミ! 異世界の兄ちゃん! こっちだ」


 数メートル先にいる村長が手を振りながら、俺たちを呼んでいる。

 決闘だからなのか、祭りだからなのか、村長は先日のラフな格好にグレーのジャケットを羽織って、ややフォーマルな装いになっていた。

 俺たちは呼ばれるままに彼のもとへ向かう。


「どうも、村長さん。すごい賑わってるじゃん!」


 レミさんが肘で村長の脇腹を突きながら、「儲かってるんでしょ?」と下卑た微笑みを浮かべる。

 ……せっかくの美人が台無しだ。


「まあな。最近は怨霊騒ぎでみんな不安がっていたから、良い息抜きになって助かるよ。兄ちゃんのおかげだな」

「はあ」

「なんだ、気の抜け返事だな。これから戦う奴がそんなで大丈夫か?」

「大丈夫だよ、ポチ君はすごい魔術師だからね」

「そうか。どんなすごい戦いが見られるのか楽しみだな。そろそろ決闘相手も来る頃だ。お前さんはここで待機していてくれ」

「じゃあ、私はちょっと屋台で何か買ってくるよ。ソラも行こう!」


 レミさんはソラちゃんの手を取って、屋台で賑わう一角へと歩き始める。


「ちょっとお姉ちゃん!? あ、ポチさん。何か飲み物でも買ってきますね」


 そう言うと、ふたりは人混みに消えていった。

 ぽつんと取り残された俺は特にすることもなく、言われたところに立ち尽くすしかなかった。

 この村に土地勘もないので、下手に移動したらここに戻って来られる自信はない。

 知人もいないので、誰かと談笑を楽しむこともできない。

 ぼーっと人の流れを観察していると、闘技場となる荒縄の囲いの反対側が騒がしくなってきた。

 対戦相手の剣士、確かナーガスという名前だった気がする。どうやら彼が、広場にやって来たようだ。

 人が多くてまだ彼の姿は見えないが、あちこちから女性の声援が響く。女性の声は小さなお子様から若い女性、さらにはお年寄りまで様々だ。

 俺には全くなかったのに……いや、おっさんから声はかえられたけど。

 同じ声援でもモチベーションの上がり方は雲泥の差だ。


「どうやら村の女性陣は彼の味方らしいね」


 急に耳元にレミさんの声が聞こえて、俺はびくっと肩を揺らした。

 振り返ると綿菓子と木のコップを持ったレミさんが立っている。

 その横にはソラちゃんと村長の姿もあった。

 ソラちゃんは俺に薄い黄色の飲み物を差し出したが、今は飲めるような心持ではないので、軽く会釈して遠慮した。


「お前さんたちは家に閉じ籠っていたから知らないだろうけど、あいつはこの2日間、商店街や学校、酒場、いたるところで女性たちに自分の武勇伝を語っていたからな。顔と声の良さに村の女性たちはすっかり参ってしまっている。うちの女房と娘もあいつを応援すると息巻いてたよ」


 村長は俺たちに解説すると、ふうと深くため息をついた。

 

「女性陣の応援なんてなくても、たとえ村中の人に石を投げられても、勝つのはポチ君だけどね!」

「そういや、こいつの名前、ポチっていうのか。随分とまあ甘ったるい名前だな」

「本当は口にするのもはばかられる名前だから、私が仮の名前を付けてあげたんだよ。恐ろしい魔術師だから、逆に愛嬌があっていいでしょ」

「そういうもんなのか?」


 村長が俺に疑問の眼差しを向けてくる。

 いや、そんな目で見られても困る。俺の苗字がこの世界では下ネタらしいので、発音が似た「ポチ」になったとは恥ずかしくて言えない。

 俺は引きつった笑みを村長に返した。

 そのとき、ステージの対岸からより大きな歓声が上がり、俺たちは反射的にそちらに視線を向ける。

 人混みがさーっと「モーゼの十戒」の海のように割れ、その道を何かの映画賞のレッドカーペットを練り歩く俳優のように、ファンサービスをしながら歩くナーガスの姿が見えた。

 ちなみに彼を取り巻く人混みも、彼がサービスする相手も全て女性だった。


「さあ! ここで選ばれし者はどちらなのか決着を付けようではないか!」


 ナーガスはステージに着くと両手を掲げ、さらに芝居がかったセリフを叫んだ。

 その声に村中の女性が歓声を上げる。レミさんとソラちゃんを除いて。

 そこに少しだけ救われている俺。

 意外とこの状況にダメージを受けているのだろうか?

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