第12話:王道バトルアクション『突風戦記FUMA』

「会場にお集まりのご婦人方! ナーガスは異世界の魔術師へのハンデとして、最初の攻撃は抵抗せずに受けようと思う! あなた方の声援があれば、スーラジア山脈に棲む竜の劫火であっても耐えてみせよう!」


 ナーガスは場外に振り返り、大きく手を掲げる。

 滑舌のいい芝居がかったセリフが、低音のイケボで村の広場に響いた。

 そのパフォーマンスに女性たちが「ステキ!」とか「ポチを倒して!」とか、アイドルのライブさながらに絶叫が沸き上がる。

 俺はどうしたらいいのかわからず、ナーガスと女性たちのコール・アンド・レスポンスを見ていた。


「ポチ君! ぼーっとするな! ポチ君が反論しても、あいつはこっちの初手には無抵抗なんだから、迷わずに攻撃するんだ!」

「そうですよ! でも、拡大解釈率には気をつけてくださいね!」


 レミさんとソラちゃんの声に、止まっていた思考が動き出した。

 そうだよな。決闘に勝たないと召喚の契約違反で死ぬんだ。

 ここはズルくてもハンデでもなんでもいいから攻撃しないと。もし罠でも俺には戦闘経験なんてないから、どうすることもできない。

 何よりも芝居がかったナーガスを思い切り殴ってやりたい!


「開帳! 227ページ!」


 俺の声に応えて、JUピー!が人気漫画のページを開く。


『突風戦記FUMA』。

 天空族と地岩族が世界の覇権を争う王道バトルアクション。

 JUピー!の看板作品のひとつで単行本は50巻まで発売中。アニメ化されているが作画はあまりよくないと酷評されている。

 主人公・風真は地岩族の父と天空族の母の間に生まれた禁忌の子。

 どちらの部族にも属さずに家族で隠れ住んでいたが、地岩族の襲撃で両親を失ってしまう。その後、天空族に救われた彼は両親の敵討ちのため、天空騎士団に入団する――。

 そんな彼の必殺技が「岩破弾」。拳の周囲の空気を圧縮し、拳を打ち出した瞬間に圧縮を解除して爆発的な破壊力のパンチを繰り出す天空族の秘技だ。

 物理的にそんなことが可能なのか、本当にそんな威力が出るのかはわからないが、そこは漫画なので突っ込んだら負けだ。

 そして、聖異物となったJUピー!があれば実現できる。

 威力は火熊との戦いで実証済みだ。


「拡大解釈率、小!」


 両足を広げて腰を落とし、ぐっと地面を踏みしめる。

 そして、右手を握ると引き絞るように腰まで拳を引く。風真が「岩破弾」を打ち出す初動の体勢だ。

 別にこの体勢をしなくてもいいのだが、形から入るって大事だと思う。なにより、必殺技を使ってる感があっていい。


「おお。青年、攻撃する気になったか! さあ来い! このナーガス! どんな攻撃も耐えて見せようぞ!!」


 ナーガスは両手を広げて、俺を挑発している。

 俺のことを過小評価しているのか。それともただの馬鹿で、噛ませ犬なのか。

 まあ、いい。ここは打って出るしかない。

 

 拳を腰の位置に下げたまま、俺はナーガスに向かって走り出す。

 レミさんたちがこの世界の住人の平均よりちょっと高い身体能力にしてくれたおかげで、自分の過去の経験よりも駆け出す瞬発力、加速力が高い。

 一瞬でナーガスの懐に左肩が入る。

 そこから上半身をひねり、右手を繰り出しながら呪文を唱える!


ズドン!


 俺の拳が革製の鎧で覆われたナーガスのみぞおちに当たる。

 火熊を倒した時と比べてかなり小さい衝撃だが、大人を気絶させるくらいはできるはずだ。

 当てた場所もみぞおちなので、気絶しなくてもしばらくは動けないだろう。

 胸を張って仁王立ちしていたナーガスの上半身が前かがみに傾き、彼の頭が俺の右肩に倒れてきた。


「細い腕でいい攻撃をするじゃないか。その魔術書が聖異物というわけか。どういう能力かはわからないが、私を倒すことはできないようだな」


 ナーガスは俺の耳元でそう囁いた。

 その声は先ほど女性たちに投げかけたものとは違いドスがきいている。本来のイケボでドスをきかせているのでかなり怖い。

 危機感を感じて一歩下がろうとした俺の腹をナーガスが殴りつける。

 ジャケットにかけられたレミさんの魔術が衝撃の大半を吸収してくれたが、体勢を崩した俺は後ろに飛ばされて尻もちをついてしまった。

 とっさに顔を上げると、短足で背の低いナーガスが俺を見下している。


「私の聖異物の方が能力は上らしいな、青年!」

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