第22話 無藤真白➂

「勝ったーー!!!!」


 もうすぐ2回目の曜日を跨いでしまうのではないかというタイミングで俺はギリギリであったが、プロゲーマー無藤真白に勝つことができた。

 真白はたった1回の負けに対して、悔しそうに伸びたジャージの裾を引っ張り、幼子のように頬を膨らませていた。


「負けちゃった……」

「約束! 覚えてるよね??」

「そんな近寄らなくても……」

「ずっと考えてたんだから!」

「いいよ。噓はつかない」


 俺があまりにも必死だったのか、真白はクスリと笑っている。


「簡単なところから聞くけど、プレイヤー名の『ゴースト』って何か由来でもあるの?」

「……友達が考えてくれた。いつも血色悪くて幽霊みたいだから、だってさ。ネットだと背後から気づかれずに敵をKillできるからだと思われてるんだけどね……」

「その友達はリアルの友達ってことか」

「……」

 

 ゲーミングチェアの上で小さく体育座りの体勢をした真白は小刻みに震えながら続きを話してくれた。


「……その友達、去年の夏に……の。クラスで聞いているかもしれないけど、そこから私は学校に行けなくなった。みんなになんて話せばいいか分らんくなって……」

「ごめん、俺が無理に、」

「いいの!」


 被せるように言葉を放った真白。


「真司くんのこと、聞いて……早く学校に戻らないといけないなって思ってたから」

「そうか……ありがとう」 

「私……今頃みんなから疑われている、かな?」

「ほとんどの人が疑ってないと思うよ。疑うまではいかないけど、話がしたいって思ってたのは今日一緒に来た白馬くんや早瀬さんとかかな」


 俺は包み隠さずに話した。


「……そう。1年3組で友達だった、幽夏ゆうかとレイナ。私たちはよく3人でいて、放課後に教室で対戦ゲームをしたり、ノベルゲームの脚本を考えたり、ゲーム実況の動画を撮ったり、いろんなことをやったの」

「……凄いなソレ。レイナさんは今、保健室によくいる女の子だよね? その……幽夏さんって子が……もしかして、最初の……」

「……うん。目の前で幽夏は身体の水分が全部砂になったかのように崩れ去った……。それだけしか記憶にない。教室の状態から警察は私たちはPCでゲームをしていたんじゃないか、とか……いろいろ推察してくれたけど……自分たちではホントに思い出せなくて、パニックからくる記憶障害だって医者に判断されてる」

「……そんなことが」


 砂のように崩れ去った。中村くんと同じ死に方だ。

 そして、この日をきっかけににして、安土さんの儀式が始まり、クラスで対立が起きたと予想できた。


「真司くんが死んだ瞬間は誰も目にしていないということを担任の先生から聞いた瞬間に……頭痛がして、大事なことを思い出さなきゃいけないって急に思ったの。彼方くん……何か分かる?」


 違うポイントを探すとこうなる。

 中村くんの死ぬ瞬間は2年3組の誰も目撃していない……。

 一方、真白やレイナさんは幽夏さんの死ぬ瞬間を見ている……。

 

「それは、委員長……安土さんの儀式に関する大事なこと? それとも凪沙たちのこと?」

「……全員に大事なこと、だと思う。幽夏の死の原因についてで、クラスが対立しているって副委員長からの電話が去年の終わりにあったの……。その瞬間も頭が急に痛くなって……」

「もしかして……クラスが対立する必要がないを幽夏さんの死を目の前で見てしまった真白たちが知ってるってことじゃないか??」

「……私もそうだと思う。だけど……思い出せなくて……ずっと」


 ひどく自分を責めてしまっているようだった。俺は思わず彼女の手を取り、「大丈夫だよ」と言った。普段の、これまでの自分ならそんな行動は取らなかっただろう。凪沙や白馬くんたちから頼まれた責任感だけじゃなく、彼女の力になりたいという純粋な心が俺を動かしたと、そう思った。


 しかしどうしたものかと思い、ふと視線を真白が使っていたモニターに落とすと、キーボードのすぐ近くにスタンドマイクが置いてあった。


「あれ? このマイクって何に使ってるの? レイさんを呼ぶ用?」

「そんな王様の引きこもりみたいなことしてないよ! これは……ゲーム実況用。昔は生配信でテキトーに声入れるだけだったけど、高校生になってからはレイナや幽夏としっかり編集したり、顔出しとかも挑戦して動画作ってたの……。結局恥ずかしくてどこにも投稿してないけど……」

「顔出し……動画?? ソレ! 分かったかも!!」

「ほ、ホントに??」


 

 そうだ。「古臭い伝承ホラー? それとも現実的な事件ミステリー?」と、凪沙たちが言っていたのは1人の死も目撃していないからだ。自分の目で見ていなければ信用できない。ごく当たり前のことだ。

 中村くんの死……。一度殺した後に体中の水分を抜き、砂まみれにし、伝承話っぽく演出を施すことで犯人は周りを騙している。そういう考えも生まれてしまう。何も見ていなければ……。

 けど、真白は「目の前で幽夏は身体の水分が全部砂になったかのように崩れ去った」と言っている。これだけは覚えていてくれたのが救いだった。

 おそらく――


「幽夏さんが亡くなった日に3人は放課後の誰もいない教室でゲームをしてたって警察の推測。それは少し違う、3人はゲーム実況動画の撮影をしてたかもしれない! そのカメラに……その瞬間が残っていれば、クラスのみんなの意見が1つになる……。そして、そのデータはこの学校に持ち運べるこのノートパソコンに入っているはずだよ」


「――――! ありがとう……彼方くん。本当に……」


「っ! 友達の……死ぬ瞬間を見せるなんて最低なことを言ってごめん……。俺、今……何も考えずに言っちゃった……」


「いいの……! きっと頭が痛くなったのは、そのことを思い出せって幽夏が教えてくれてたのかもしれない。明日……学校へ行くよ!」



※1年3組の生徒たちは2年に進級する際、教室の移動はない。同じ教室の名札が「1年3組」→「2年3組」へと変わるだけである。これは他のクラスも一緒。

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