第10話 厄災ノ始マリ➃
「ずっと走ってたね」
「はぁ……ハァ。っ安土さんが走るからだよ!!」
「それで? 彼方くんはこんな所に何しに来たの」
「君がここにいると思って、それで……」
「なるほど。結局バレちゃったんだね。いや、中村くんのことがあったから教えたんだっけ。毎日やってたから……癖で来ちゃうんだよね」
安土さんは袖から腐った藁人形のようなものを出して、手水舎の水をソレにくぐらせた後に中に白米と塩を詰めていた。
「?」
「なるべく心臓に近い血液も必要……」
安土さんはその場で着ていた上着を脱ぎ始めてしまった。
「ちょっ! 何してるの?!」
「そっちこそなんで目隠してるの?」
「見えちゃうからだよ!!」
「……そ。今、わたしを作ってるの。お米とお塩が外に出ないように髪の毛で縛って閉じれば完成……」
「?!」
お賽銭箱の上に立てられたその藁人形から薄赤色の水がぴちゃぴちゃと滴り落ちていて、下のお賽銭にかかっていた。正直に言うと不気味で気持ち悪い。……が、丁寧に手を合わせて座り込んでいた安土さんの姿は清らかで聖母のような温かみを感じ取れた。
「これが、わたし」
「その藁人形が?」
「うん。正確には生きた魂を藁人形に移したの。鳥居の間を潜らずに、その柱下の土を頭から被ることでわらしは魂の抜けた器、殻になる」
「2年3組で起こった……中村くんの死に何か関係があったのか? この変な儀式全部、委員長たちにやらされているのか? そもそもこんなことしても意味ないだろ?」
俺は頭の中に巡る疑問を怒りに変えて彼女を問い詰めてしまった。
でも、こんなこと……狂ってるとしか思えない……。
「水を与え過ぎた植物が枯れてしまうように……空気中の酸素濃度が高すぎたら生物が死んでしまうように……この世界には神様が決めたバランスってのがあるのよ。バランス……世界の常識とも言えるわね。その常識を外れた瞬間に、不都合なことが起こってしまうの。今回、いや2年3組で起こってる非常識は、生と死のバランスの崩壊……。この儀式はそのバランスを戻すための……生と死の変換儀式なの」
「生と死の……バランス……?」
おばあちゃんの話と剣持さんたちから聞いた話……そうか、清めの塩の文化だ。2年3組が始まった時か途中からかなのかは分からないけど、おそらく今の2年3組には死者が混ざりこんでるということか。
教室……1つの空間で……常識、バランスが崩れたんだ!
少しずつどころかかこれで俺は全てを理解したことになる。分かったことをまとめるとこうだ。
・2年3組で生と死のバランスが崩れた
・それは死者が1人混ざってしまったため
・常識、バランスの崩壊により、死の厄災が始まった
・俺が転校してくる前の2年3組で、成り行きは知らないけど、安土さんを儀式にして厄災を止めるという結論を出した
・混じった死者1人は生きたようにみんなには見えているため、安土さんが死者に変換され、2年3組には居ない存在として扱うことで厄災はおそらく止まる
「だいたいわかったよ」
「そう。頭の中、すっきりした?」
「ああ、今まで秘密にされてたからね……ん? ちょっと待った!」
「?」
「安土さんのおかげで、厄災は止まったのか?」
「うん。止まったよ」
このホラー映画でよくある呪いの儀式みたいなのもちゃんと効果があったのか。
待てよ……でも、いくら厄災を止めるためとはいえ、安土さんに対するリスクが大きすぎるし、根本的にこれは解決していると言えるのだろうか。現に、俺が転校して……。
――――まさか
「俺が転校して、そのバランスがまた崩れたのか!?」
「………。転校はこの世界の真っ当なルールでしょ、関係ないわ。ついでに言うとあなたが転校前日に居ない存在となっていた私に話しかけたのも全く関係ない。あの時点では、2年3組という枠組みに入っていない、あくまで通りすがりの他人、生徒と生徒の関係だったからね。それに私に話題を上げるくらいなら厄災は進行しない。こうやって学校の外で関わるのも何の問題もない。これは全て既に実証済みなのよ」
…………………………………………。
「じゃあ、何で中村くんは死んだんだ?」
この数日で、俺が感じていた全ての違和感の正体は判明し、これまでの厄災に向き合ってきた2年3組を理解できた。
………けれど、それと同時に浮かび上がってきた新たな謎も複数存在する。
止まったはずの厄災が再度始まってしまった理由………2年3組に混ざったと考えられる死者の正体………これからの2年3組………。
「こんな状態なのにクラスは2つに割れて何やってんだって? 今そう思ったでしょ?」
「えっ? うん……」
「それは違うよ……。分からないことだらけの状態だからこそ、意見もちぐはぐになる。当たり前のことだと思うよ。それに今の私の話を聞いて、私たち委員長側が正しかったなんて思わないでね。剣持さん側が結果的には正しいのかもしれないし」
「じゃあ、俺はいったいどうすればっ、」
「それは自分が決めること。正しい道とか間違ってる道とかなんて、歩いた奴にしか分からないんだよ。誰かと途中で交わってそれが大きな道を作るかもしれない、はたまた自分自身でこれは違う道だと引き返すかもしれない。私はまずは歩くことが大切だと思うよ」
俺は安土さんの言葉にハッとさせられた。委員長側なのか、剣持さん側なのか、そういう論点じゃないんだ。大切なことを見失うところだった。
――――――――。
俺の進むべき道 。
ありがとう、安土さん。
(1章終わり…)
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