第29話 政府公認! 競い合う【+1】達

 あれからしばらくAランクのライセンスがなかなか来ない事を不審に思った俺は蓬莱さんに相談すると、どうも政府から一度でも顎で使いたいと言う理由で差し止めされてることが発覚した。



「一度くらい言うこと聞いてあげてもいいんじゃないの?」


「いや、絶対次も次もって言いますよ。正直俺でも今までの行いをどうかなって思ってますし」


「聞いたよ。鍵がなくても開けられたんだって? 宝箱」


「開けられましたねぇ。同時にいろんなものを失いました。ピョン吉とか」



 今はもう復活したピョン吉を、持ち上げながら愛でる。

 他にもウサギ達はいるが、今は思い思いに蓬莱さんの会長室で悠々自適に過ごしている。

 霊体なので荒らしはしないが、視界はとても癒される。

 俺が動けばついてくるので、はぐれることもない。



「無事に見えるけど?」


「それでも目の前で失うショックは大きかったです。今や俺の景色の一つですからね。それも俺の過失で失ったとあった時は自分の浅慮さを呪ったもんです」


「なんか頼忠君、ここ一週間で変わった?」



 蓬莱さんがおかしな事を聞いてくる。

 確かに俺は気持ちを改めた。

 せめて相場くらいは知っておこうと勉強をした事を話したら、それはいい事だよと蓬莱さんは頷いた。

 やっぱり正解だったか。

 俺はピョン吉を撫でながら優しい笑みを浮かべる。



「Sランクの風格が出て来たんじゃないかい? ああ、そうそう君の世話になったととあるクランからメールが来てるよ」


「誰ですかね?」



 正直、ここ一週間で関わった連中は碌なやつじゃねぇ。

 俺は自分の底の浅さを突きつけられて市場の相場を知ろうと勉強したのだ。だからこそ俺宛に届いたメールが非常に気になる。



「エイミーの弟くん」



 俺の表情がこわばった。

 ピョン吉を撫でる手にも力が入る。

 俺の腕からン逃げ出そうと必死だが、今俺がピョン吉を失えば正気を保てそうにない。



「あの人ですか……なんて?」


「無事アビスに旅立てる。君のおかげだ、と」


「ああ、Aランクになれたんですか。っていうか、俺より申請通るの早くありません? 同日ですよ、申請したの。もう旅立つ連絡よこしてくるなんて」


「そりゃ普通は納品した翌日にはライセンスは返ってくるもんだからね君は政府から御触れが出てたんだろう。宙ぶらりんのまま受理されずに居たってところだろう」


「本当にクソだな、ダンジョンセンター! 政府と癒着してますって自白してるようなもんじゃねーか!」



 俺は荒ぶった。感情のままにテーブルへ拳を打ちつけた。

 俺のステータスはAランク探索者に相応しくない貧弱具合だが、テーブルくらいは壊せるのだ。

 蓬莱さんは俺への請求書を認めながら、自分も通った道だとばかりに語る。



「なんだかんだ政府の一部門だからね、あの場所は。上司からの命令に逆らえないんだよ。私の時も結構な無茶振りして来たよ? 【勇者】だなんて肩書きつけてさ」


「そりゃご愁傷様です。で、向こうさんの要求は?」


「金の鍵数本の定期供給」


「市場がぶっ壊れるからダメです。あのアーカイブ見てなんも学んでないんですか?」


「あっはっは。まぁそう言わないであげてよ。それを市場に流すって話じゃない。お偉いさんも各国に対して交渉の札が欲しいんだよ。それが金の鍵、ないし虹の鍵と言うわけだよ」


 

 しれっと虹の鍵を混ぜんじゃねぇよ。欲望が跳ね上がってんぞ?

 アイリーンさんみたいな要望が通ると思ってんじゃねぇ!



「それを俺一人から徴収するっておかしくないですか? それこそ子飼いのA〜Bランクを総動員して……」


「ダメダメ、あいつら全然協調性ないから。あっち行ってモンスター倒してって依頼以外受けないよ。特に売却額が関わって来たら絶対手放さないから」



 それ、蓬莱さんも含まれてるんですよね? 

 何人事みたいに言ってるんだろう、この人。



「普通はそうでしょ、こっちは命かけてんですよ? その命綱を手放せって言われて手放す奴はアホですよ」


「政府は現場に身を置いてないからそれがどれだけの貴重品か本当の意味でわからないんだよ。だから一番手放してくれそうな君に期待を寄せている」


「あのアーカイブが原因ですか?」


「ちなみに催促を送ってくる相手の多くは政府の連中だったね。こっちにも分配しろってうるさいのなんの」


「お金は十分過ぎるほど貰ってんでしょ? さらに貰おうとか職権濫用もいいとこでしょ」


「それを持つ事でステータスとするんじゃないの? それかそれを持ってる俺TUEEEをしたいんじゃないの?」


「俺そんな政府に金の鍵を卸さなきゃいけないんですか? やっぱりパスで」


「パスするとAランクに認定してくれないっぽいよ?」


「くそがよぉ!」



 こうして俺は政府のお偉いさんの要望通り、月に5本の金の鍵の提供でAランク入りすることができた。

 ちなみに他のAランク探索者にこんなノルマはない。

 完全に足元を見た交渉である。


 ちなみにSランクに上がる際、ちゃっかり虹の鍵の要求もされた。月に一本だけでいいらしい。

 そう言う制限を取っ払いたくてSになったのに、上層部がクソを煮詰めた産業廃棄物だから困る。


 が、政府以外からの要求はぴたりと止まった。

 いったいどんな手段を使ったんだか、怖くて聞けない。


 Sランクの特典は凄まじいものだったのだ。



 ◇



 そんなある日、親父がパソコンに齧り付いていたので、何をしてるのか声をかけたら意外な返事がきた。



「ダンジョンチューブだよ、知らないのか?」



 ダンジョンチューブそのものは知ってるが、いい年した親父が今更熱狂するダンジョンチューバーがいるものかと不審がってるだけだ。

 なんせいまの今まで一度もそう言うのに興味を示さなかったのに急にだぜ?



「今【+1】のスキル持ちがこぞってダンジョンチューブデビューしてるんだぜ? お前はやらないのか?」


「なんで今更乞食共に媚び売らなきゃならねぇんだよ。あと親父、今月分のノルマ支払いあと三日だぞ? こんな場所で推しに貢いでる暇はないんじゃねーのか?」


「思い出させるなよ……じゃなくて、これは政府の仕掛けだ。お前がSランクになった事であぶく銭を稼ぎ損ねた政府がまだ育成前の【+1】を引き取って競わせてるんだ。今こっちの子達が【+1】の有名人になってるんだぜ? お前なんてすぐ時の人だ」



 俺は政府の【+1】への差別をなくす計画を甘く見ていた。

 まさか俺以外の全員を引き取って孤独の壺を仕掛けていたのだ。



「え、別に願ったり叶ったりじゃね?」



 親父がなんの危機を感じてるのかがわからない。

 むしろ忘れてくれるなら万々歳まであるのに。



「バカだな、頼忠。探索者は知名度が命だぜ? どんなに高いランクでも、顔と評判を知られなかったらバカにされるんだ」


「俺は有名なのにバカにされたが?」


「その時代はもう終わる。世間はお前を知っちまったからな。そして【+1】の真価を。だからお前はこの大育成時代に乗り遅れると少し恥ずかしいことになるぞ?」


「俺のレベルはもう100なんだが? これ以上成長させようがねーよ」


「取り敢えず、登録だけはしておいたから! あとはお前次第だ頼忠」



 このクソ親父。俺に無断でまた勝手な事を……

 自力での借金返済が間に合わなくなったから副業で稼ぐつもりか?

 結局俺の労力がかかる分、誰も得しないむしろ無駄な時間だ。

 その時はそう思っていたのに……



 ◇



「えっ頼っちまだダンジョンチューブデビューしてなかったの? 私てっきりデビュー済みだと思ってたのに!」


「えっ?」



 学校で久しぶりに顔を合わせた要石さんからそんな返事が来た。

 アレ、認識がおかしいの俺の方!?



「頼忠、いまの【+1】の世間への目は、如何にダンジョンチューブでフォロワーを増やすかにかかっている」


「むしろ俺がSランクになったからの恩恵では!?」



 慎は俺に対して申し訳そうに目を瞑り、首を横に振った。

 ええぇ。そんなにそのダンジョンチューブってやつが主流なの?


 家に帰るなり、俺はその配信を見た。

 どいつもこいつも最初は貧弱な装備から頑張ってる印象だ。

 そこでごく稀に入るスーパーチャット。

 これが彼らの収入源になってるようで、回を追うごとに装備が充実している。

 それでも仲間も持たず、たった一人で挑んでいるのが俺の境遇とちょこっと違う。


 まぁFランクダンジョンでも死にかねないのでそれでいいのかもしれないが、レベルを上げるまでの道のりは人それぞれだ。

 俺の場合はハードモード過ぎたからな。


 正直、いまの俺がやっても正直出来レースだしな。

 それに後から出て来て、全方向にマウントを取ったらそれこそ炎上しかねない。


 だったら最初から規定を決めてやってみればいいか。

 要は開ける宝箱と、出て来た個数。それを見事当てた人に豪華報酬を5名までにプレゼントする。

 開けるのはアイアンまでだ。

 俺の場合、シルバーだとぶっ壊れ武器すら出かねない。

 だからこれでいいんだ。素人に混ざってやるならな。


 こうして俺はダンジョン個人Vチューバー、兎野ラックとしてデビューした。



「はーい、皆さんこんにちわ。今日はね、自分も【+1】だし、これを機にデビューしてみようかなと名乗りを上げたわけですが。何をしたらいいのかわからないと言う事で、アイアンボックスをただ開けるだけと言う企画を立てました。視聴者の皆さんにはね、是非それを当てていただいて、当たった方にプレゼントしようと言う企画です」



 ──同時接続者:3



 まずい! 強欲な乞食リスナー達は目が肥えすぎて今更アイアンボックスなんかじゃ見向きもしないと言わんばかりだ。

 まるで同接が増えねぇ!

 天上天下の配信とは天と地の差だ。


 そして誰一人コメントうたねぇ!

 虚空に喋りかけるのってこんなに虚しいのか?

 心が折れそうだ。


 えぇ、聞いてた話と違うんですけど!

 もっとこう、わちゃわちゃ盛り上げてくれるって雰囲気を期待してたのに!



:ラック氏はダンジョンに行かないの?



 やっとコメントきた! と思ったら、どうも俺は昨今の【+1】ブームから企画違いを起こしているらしく、初手から躓いてしまってるらしい。

 だから流れを戻すべくダンジョンに向けてくれたのだが、もし俺がいまだにレベルが1のままだったらどうするかって考えてみたんだよね。その結果を意見として述べてみた。



「正直さ、ダンジョン行くの怖いんだよね。先駆者の人達はみんなすごいなって思って、自分はこう言うので参加しようかなって……」



 ──同時接続者:2



 喋ってる間に減った!

 なんで!? そういう人が一人くらい居たっていいじゃん!

 みんなダンジョンに興味持ちすぎだろ!


 それとも何、レベル1の【+1】になんも期待してないって事!?

 レベルアップしてようやく贔屓してやるってこと?

 乞食の分際で見下しやがってぇ!



「えーと、こうして喋ってても仕方ないので開けてしまいますね。では一つ目〜」



 俺はアイアンボックスの蓋に手をかけ、そのまま開けた。



:ちょ、鍵! 鍵は?

:自棄になるなラック氏!



「そんなものは必要なぁい!」



<兎野ラックはアイアンボックスをオープン>

 複数のダーツが襲いかかる!

 ミス、兎野ラックは華麗に回避する

 ダーツは空を切った!

 ダーツは空を切った!

 ダーツは空を切った!

 ダーツは空を切った!

 ダーツは空を切った!


<+1発動!>

 神経ガスが周囲に漂う!

 兎野ラックは換気扇をつけた

 神経ガスは換気口から外部に流れ出た


<+2発動!>

 複数のダーツが襲いかかる!

 ミス、兎野ラックは華麗に回避する

 ダーツは空を切った!

 ダーツは空を切った!

 ダーツは空を切った!

 ダーツは空を切った!

 ダーツは空を切った!

 ダーツは空を切った!

 ダーツは空を切った!

 ダーツは空を切った!

 ダーツは空を切った!

 ダーツは空を切った!


<アイアンボックスの試練を乗り越えた>

 オーバートラップクリアボーナス!

 非常食を手に入れた

 非常食を手に入れた

 非常食を手に入れた

 非常食を手に入れた

 非常食を手に入れた

 非常食を手に入れた

 非常食を手に入れた


<+1発動>

 ポーションを手に入れた



「と、こんな感じで面白みのない……ってアレ?」



 気が付けば同時接続者が50に増えていた。

 いつの間に? さっきまで二名しかいなかったのによ。



:ラック氏すげー!

:非常食ってそんなにポロポロ出るもんなの!?

:ポーションまで出してるし!

:期待の新人現る!

:マジ飯狗のアホを追い落としてくれ!

:アイツほんとケチだからさ

:最初の配信以外プレゼントコーナー開かないからな

:ほんそれ



 人数の多さに一瞬感動しかけたが、増えたのは残当に乞食だった。

 こんなの相手にしてたら心折れんでしょ。

 嫉妬根性丸出しかよ。

 どいつもこいつも乞食レベル高すぎかっつー。


 俺の癒しはピョン吉達だけだよ。

 配信内の背景と化していたピョン吉達が寄って来て、俺を癒してくれた。

 要石さんに言われてやってみたけど、正直この空気で続けられる子達、メンタル強すぎでしょ。


 その日は非常食を最初に視聴してくれた上位五名に配り、今回はこの辺でと締めて翌日。



「頼っち、ダンジョンチューブデビューした?」


「したけど、思ってたのと違うなって。みんな配布されるプレゼントにギラギラした視線を向けてるし、蓬莱さんの所の乞食リスナーとなんら変わらなかったぞ?」


「あれー?」



 要石さんは頭を捻り、慎はどんな名前で登録したか聞いてくる。

 俺はバカ正直に情報を公開して、慎は慣れた手つきで端末を叩いた。



「あったあった。頼忠、お前登録するタグ間違えてるぞ?」


「え?」


「お前の選択したタグじゃ乞食が来て当たり前だ。なんせプレゼント企画があるからな。そりゃプレゼントを期待したリスナーが寄って来て当たり前だよ」


「マジかー。世間の【+1】のタグにはなんて書いてあるんだ?」


「冒険、成長がメインだな。基本的に取得物は【+1】の物だし、安易にプレゼントはしない。自分の命を繋ぐ大切なものだからな。プレゼントは成長を見守ってくれたお礼で、毎回する物じゃないんだよ」



 なん……だと!?

 つまり俺の考えが乞食を呼び寄せてるって事?



「いや、俺がダンジョン行ったら身バレすんじゃん?」


「逆に身分を隠す必要あるのか? 【+1】の指標として君臨すればいいじゃないか。むしろアイテムを安売りするより全然いいぞ?」


「そういうもんかー?」


「そういうもんだよ」



 その日から兎野ラックの配信は封印した。

 俺の知らないところでコメント数がインフレしてたが、所詮乞食は乞食。俺がくれてやらなくてもすぐに興味をなくすだろうと思っていた。


 しかしその騒動がきっかけで、世間の【+1】に思わぬ波紋が起きた。

 それが回避力を軸にした漢開封。

 兎野ラックは先駆者として一躍有名人になり、俺の知らないところで登録者数をぐんぐん伸ばしていた。

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