第16話 覚悟の差
その日の夕食時、家族が揃ったタイミングで、俺は今日起きたヘッドハンティングの話を持ち出した。
封筒と名刺を手渡すと、特に親父が驚きの目で見てくる。
「あの天上天下が頼忠を? にわかには信じられないな」
「疑いたい気持ちもわかるよ。でも蓬莱さんは【+1】だからじゃなく、俺だから誘ったと言ってくれた。俺はこの話、受けてみようと思うんだ」
「あなた、頼忠がこんなにも本心を私たちにぶつけてくれたんです。親としては応援するべきでは?」
「そうだな、だが上手い話には必ず裏がある。面会の日はいつだ?」
「そうだよな、ただでさえ【+1】。裏があって当然と考えるのも親として普通だよな。けど俺は信じたいんだ。クラスメイトの死に目にも会えず、俺に探索者への道を示してくれたあの人に、俺がどこまでやれるか挑戦してみたい。もちろん、期限までに間に合わない可能性もある。その時は二人の両親に一緒に謝ってくれるか? 手を尽くしたが、入手はできませんでしたって」
「そこまでの覚悟を持って、お前は再びダンジョンに潜ると言うのだな?」
「あなた!」
「母さんは黙っててくれ。これは男と男の真剣な話なんだ」
「はいはい、どうせ女は家で待つことしかできませんよ。これだから男ってのは嫌ね。頼忠はこんな人になっちゃダメよ?」
母さんが場の空気を解してくれる。
「母さん!」
母さんなりに心配してくれての事だろう。
親父は探索者一本で食っている。
当然その危険性を身をもって知っているのだ。
俺の本気度を探っているのだろう、家で見せる顔ではなくなっている。
「親父、それでも俺は可能性があれば賭けたい。俺が今生きてるのは、あの時アイテムを預けてくれた狭間さんが居てくれたおかげだ。そのお礼を言う為にも、金の鍵を手に入れる! 一般人の俺なんかが言っても門前払いされるだけだ。でも、後ろ盾があれば!」
「もしお前が、本気で探索者になると言うのなら、今ここで遺書を書け」
「え?」
「今の時代の子は、半ばゲーム感覚でダンジョンに赴くからこんな事件を起こす。ダンジョンはな、本来ならそれくらいの覚悟を持って挑む場所なんだ。遊び半分で行く場所でもないし、ランクが上がればそれこそ一般武装じゃ通じなくなってくる」
「そんな……」
「皆がユニーク装備を欲しがる理由は生存率を上げる為だ。殆どの者は自分に使う。死なない為にな。ダンジョンは人のままで赴くにはあまりにも過酷すぎる。人類の科学で作れる装備にも限界がある。あれで辿り着けるのはせいぜいCまでだ。父さんや多くの探索者がCで止まっているのもそれが理由だ。でもお前はそれより過酷なBに赴こうとしている。これがどういう意味かお前にはわかるか?」
それくらい危険。お前は運が良かっただけ。
下手をすれば死んでいてもおかしくない。
そんな現実を突きつけてきた。
ゲーム感覚、それはきっと慎のことを言ってるのだろう。
親父は俺に探索者の素質がなくてホッとしていた様だ。
確かにその職業は希望に満ちている。
だが、実際のところはいつ死んでもおかしくないチキンレースであると言っていた。
先に進もうとするものほど早死にする。
ダンジョンのランクは、モンスターの知性まで底上げする。
EからBになった生まれたてのダンジョンと違い、Bに格付けされたダンジョンは最初から殺しにくる。安全地帯なんてなく、常に周囲に気配を配ってない奴から上位モンスターの罠に嵌められて死んでいくそうだ。
そんな時に身を守ってくれるのがユニーク防具。
三つのスキルがセットされており、所持者によって一番バランスの良い能力を底上げしてくれる。
頭、体上、体下、腕、足と全部で五種類の装備があり、同系列で揃えるとボーナス効果が上がることからまさに殺してでも奪い取る事案が多く発生してるのが金の鍵なのだそうだ。
しかしCランク探索者にはあまりにも高価すぎて手が出せず、そしてBランク以上の探索者は人間を辞めている者達。
もし持っていることが明るみになるだけで、モンスターではなく同じ人間に殺されるかもしれないのが金の鍵の魔力というものだった。
あっぶねー、開けなくて良かった。
そんな曰く付きなアイテムなのかよアレ!
俺は親父の話に生唾を飲み込み、それでも行くと答えた。
親父は「頑固なところは俺に似たのかなぁ?」と破顔し、母さんは提出する用の遺書の便箋と見本誌を合わせてもってきた。
見本誌なんてあんのかよ。どんだけ死が軽い世界なんだ、探索者界隈は。
この手慣れてる感じ、やっぱり母さんも探索者の嫁だな。
俺もそれくらい理解ある相手をもらいたいもんだ。
まず恋人すらいた試しないけど。
ハズレスキルだからなぁ、【+1】は。
唯一普通に話せるのは要石くらいだが、あいつはあいつで忙しそうだし。まだまだ恋人作ってる場合じゃねぇな。
「ヨシ、これは父さんが預かっとく。もしお前が帰って来なかったら、そのまま役所に提出するつもりだ」
「親父のほうが先に死ぬ可能性もあるだろ?」
「では頼忠にはこれを渡しておくわね?」
「これは?」
「お父さんの遺書のコピーよ。いつどんな時があるかわからないから、複数持っているの」
そう言って母さんは懐から親父の遺書を取り出した
母さん、親父に死んで欲しいのかよ……
いや、違うな。これは“死んだら許さないからな?”という圧だ。
手元に置いておくことで常に覚悟を決める探索者の生き様だ。
俺はそんな世界に今から飛び込もうとしている。
多くの企業は若手探索者をタレントの様に扱ってるが、それはあくまでCまで。
Bから先は分水領。
生きるか死ぬかが紙一重の場所なのだそうだ。
「親父の遺書は俺が預かっとくよ。これで親父より先に死ねなくなったな?」
「アホ、俺は後30年生きるぜ? ペーペーがイキがんな!」
ごつん、と特に力も込めてないゲンコツ。
俺は痛いフリをした。
◇
そしてその週の日曜日、俺は両親と一緒に最寄りのクラン部署へと立ち寄った。
見た目はどこかのデパートに似通っていて、しかし中に入った瞬間空気が変わる。
それもそのはず、展示されたのは使い古された武器と、その功績だからだ。
蓬莱百合とUR奉天檄、Bランクダンジョンの階層主を討伐、直後に破損。そんなエピソードが綴られている。
その横には当時のモンスターデータが記載されており、戦闘の過激さや、どのレベルのバトル風景が展開されたかを如実に再現していた。
すげーな、まるでバトルデータの展示場だ。
クランホールのほとんどが蓬莱さんのバトルデータで、ラウンジに行くと名前が変わってくる。
まるでここで上にのしあがりたければ、それなりの活躍をして見せろと言わんばかりだ。
それほどまでに競争率が高い。
「ようこそ、クラン天上天下へ、本日はどの様なご用件でしょうか?」
「親父」
「ああ、実は息子がこちらのクランからスカウトを受けたそうなんだ」
「スカウトですか? 上の者に確認いたします」
受付の女性はそんな話は聞いていないぞ? とすぐに上司へと連絡を入れようとし、それを即座に握りつぶされた。物理的に。
「おっとっと、色葉ちゃん。私が招待したんだ。各部署への連絡はやめてもらおうか」
「会長!? だからって何も子機を握りつぶさなくても!」
「にゃはは、ごめんて。表では調整が難しくてさ。許して?」
「会長案件でしたなら仕方ありませんね。請求書、会長室に送っておきますから」
「うん、そうしてー」
やたら軽いやり取りをしながら出てきた蓬莱さん。
当初の抱いていたイメージは少し不思議なお姉さんという感じだったが、クランホールに飾られてた実績を思い出して身構える。
「おっとっと、頼忠君まで身構えなくたっていいじゃないかー。ご両親を連れてきたってことはOKをくれたんだろう? じゃ、各種書類をお渡ししよう。使用期間とか給料のお話、いろいろ聞きたいだろぉ?」
どこまでも軽いノリで語る蓬莱さんだったが、親父や母さんは気付かぬうちに鳥肌を立てていた。
明らかに普通じゃない、動悸が高まり、表情も青く震えていた。
そして親父のこぼした言葉が……
「化け物……」
「酷いな〜、私傷ついちゃう。シクシク。なーんてね、言われ慣れてるから全然へっちゃらだい! 頼忠君は特に強いプレッシャーは感じてないみたいだね? いいよいいよー。それでこそ誘った甲斐があるもんだ!」
親父が、この人から漏れ出た殺意を受け流してる俺を見て、信じられないものを見たように目を大きく見開いている。
そうか、親父にとっての死線は俺の体験したものよりも大きく下回るのか。
「そうか、頼忠はこのレベルの死線を乗り越えたのか。はは、父さん柄にもなく鳥肌を立ててしまったよ。これじゃあ親父の面目丸潰れだな……」
「頼忠、母さんの知らぬ間にあんたは遠くに行ってしまったようだね。でも母さんはあんたを応援してるから。遺書を書いたからって無理はしちゃダメよ? でもここに居るのは息が詰まりそうで辛いから、お父さんと母さんは先に帰らせてもらうわね? 蓬莱さん、息子をよろしくお願いします」
母さんと親父は頭を下げ、クラン部署から出ていってしまった。
「あまり揶揄うようなことはよしてください。親父は肝が小さいんですから」
「ちょっとしたテストのつもりだったんだ。君のお父さんもなかなかやるようだけど、君程の地獄は乗り越えていないようだった。でも君を応援しようという気持ちは確かに受け取った。良い家族に恵まれたね?」
「そうやって良い方に流れを持っていこうとしても、騙されませんよ?」
「あちゃー、ダメだったか。んじゃ、色葉ちゃん。私会長室戻るから。アポイントとか取っちゃやーよ?」
「午後から【聖女】と面談があったはずですが?」
「えー私あの業突く張りきらーい。人の命と自分の欲を天秤にかける奴よ? 腹の内側が真っ黒な女に決まってるわ」
『誰が、何ですって?』
背後から声をかけてきたのは、テレビにも出ていたアイリーン・クルセイドその人だった。ただ、穏やかな雰囲気は霧散しており、禍々しいオーラを湛えて蓬莱さんを睨んでいる。
顔めっちゃ怖! テレビのイメージはフェイクかよ!
「げぇ、どこから湧いて出たのよ【聖女】!」
『お言葉ね【勇者】、世界大戦以来かしら?』
「その称号きらーい。都合のいい存在にして、やらなくていい仕事まで回されるんだもん。だから私はフリーになったのよー?」
『相変わらず自分勝手ね。って、あら? この坊やは私達のプレッシャーを浴びても怯えないのね? どこで拾ってきたのよ!』
なぜか世界の聖女様に興味を持たれた。
俺は一体どうなってしまうんだ?
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