第15話 ヘッドハンティング
登校翌日。
俺の英雄的判断『金の鍵』提供を美談として語らう女性探索者、“蓬莱百合”が俺に用があるとわざわざ学校の門の前に黒塗りの高級車を横付けして乗り込んできた。
なぜ居場所が割れたのか、昨日の話を聞いて先走ったクラスメイトがSNSで情報漏洩でもしたのか?
わからないことばかりだが、世間から見向きもされない【+1】にどんな要件があるのだろう。
校長先生直々の呼び出しに恐縮しながら待ち合わせの場所に行くと、そこに居たのは若くて綺麗なお姉さんだった。
「初めまして、私は
「初めまして。飯狗頼忠っす。えーと、本日はわざわざ俺に何の用があって?」
同席してる校長先生がゴホンと大きな咳を払う。
どうやら俺の質問は大変失礼な様だった。
居住いを正しつつ、向き直ると。
「気にしてないよ。しかし工藤先生、そうやって生徒に圧をかけるのが今の教育現場のやり方かい? だとしたら来年の寄付金は少し見直さなくてはならなくなるけど……」
「めめめ滅相もございません!」
「そう、わかればいいんだ」
どうやらこのお姉さん。相当な曲者の様だ。
学校で一番偉い校長先生がぺこぺこしてら。
親子くらい歳の差あるのに、権力の違いか?
「それで、お話とは?」
「君が欲しい」
「はい?」
俺は言われてる内容に頭が追いつかずに身構える。
それって、そう言うことだよな?
「勘違いしないでくれよ、君という人物の
「でも俺、言っちゃなんですが【+1】ですよ?」
「そこは関係ないかな? 私が欲する人材はいつもやる気に満ちている、諦めの悪い子達だ。その中でも君はとびっきりの逸材だ。【+1】? ステータスが貧弱? 結構、そんな事は何ら問題にならない。何せ君はそんな状況下でさえ、死地を乗り越えた。私の運営するクラン『天上天下』に入る条件を全て備えている。たとえ素質があっても口だけの奴はお断りなんだ、ウチは」
何だかすごいこと言ってるぞ?
それに『天上天下』と言えば、全国クラスのクランじゃないか。
そこでなら金の鍵も所持してるのではないか?
「もし、俺があなたのクランに入ったとして……」
「うん」
「金の鍵は集まると思いますか?」
「例の【聖女】の件だね。正直微妙かな?」
「そうですか……」
「諦めるなんて君らしくないな。確かに世間一般の評価は、たかが一般人を蘇生させるのに、ユニーク保有権を二つ開け渡すのは気が狂ってるぐらいに言われてるが──」
「俺の想像以上に言われてて凹みますね」
「みんな自分が可愛いのさ。でも君は違うんだろう?」
「ええ、あの二人とはあんまりいい関係性を持てませんでしたが、それでも一緒にダンジョンに潜った仲間です。実際にボス討伐に至れたのも死亡した生徒、狭間ひとりによる【合成】の副産物でした。アレがあったおかげで俺たちは逆境を乗り越えられた。春日井小波の【トーチ】だって暗闇を照らす光となっって序盤の闇を払ってくれた。ないない尽くしの俺から見れば十分羨ましいスキルでした。世間で何と言われようとも、俺からしたら恩人なんです。その恩人にお礼を言うにも、相手が死んでちゃできません。だから可能性があれば集めたいです」
「ふふ、君はやはりどこか狂ってるね? 普通であれば葬儀の際に内心でこぼす事を馬鹿正直に実行に移そうとしてる。まるで機会さえあれば本当にやってのけそうだ。そんなポテンシャルをヒシヒシと感じるよ?」
「机上の空論ですよ、やれたらいいな。そんなところです」
「そう思うことができるのもごく限られた人間だけだよ、飯狗頼忠君。普通は思う事はしても、他人に任せるものだ。自分でやろうとはしない、特に自分のスペックを理解してるのなら尚更だ。でも君はそれでも挑むと?」
「もうやらないで後悔するのはごめんなんで」
「素晴らしい! やっぱり君は私の欲する人材の様だ。工藤先生、本日はご苦労だったね、以降彼の身柄はウチの預かりとする。もし彼を陰ながらバッシングする噂が立ったら、寄付金は大きく減ると考えてくれ。私は仲間を貶められるのが一番嫌いだからね、頼むよ?」
「すぐにそんな噂は抹消させていただきます!」
「おっと、寄付金を守るために生徒を恫喝する様な真似はよしてくれよ? 事実を正確に告げるだけでいいんだ。飯狗頼忠はその実績を認められてクラン『天上天下』にヘッドハンティングされたと。それだけで周囲は勝手に騒いでくれる。あなたが処理をするのはそこから別方向に流れるアンチコメントくらいだよ」
「肝に銘じさせていただきます!」
あのワンマン校長が、女性探索者にこうまで頭が上がらないのはちょっとウケるな。寄付金、どれだけ貰ってるのかちょっと気になる。
「さて、勧誘といっても今すぐにクラン部署に顔を出せと言うことではない。君は学生さんだろ? まずは授業に専念したまえ。そして親御さんにこの名刺と封筒を渡す様に。ご両親の許可をとってから、封筒に入ってるQRコードから読み取った近隣部署にご両親を伴ってきてくれたらいい。あ、内定は確定してるから面接とかそう言うのはしないよ? 話は以上だ」
そう言って、来た時と同様に風の様に去っていった。
相談室に残された俺と校長先生は、話を最後まで飲み込めずにボーッとしていた。
意識が覚醒したのはそれから数分後か。
チャイムがなって慌てて教室へと戻り、またも人垣に囲まれる。
いったい校長とどんな話をしたのか、あの黒塗りの高級車の持ち主は何者か? 話題はそんなところか。
「頼っち、怖いこと言われなかった? 金の鍵をもう一本持ってたら渡せとか」
「もし俺が一本でも持ってたらそれこそ奪い合いだよ。俺が春日井さんや狭間さんを救う為に提示したとする。でも一本だけならご両親からすれば自分の娘を復活させてくれって願うだろう?」
「そりゃそうだよ」
「でも世間一般は違う。ユニーク確定ゲットのチャンスをどこの誰かも分からない一般人に使うのは勿体無い。そう考える探索者は多いって言われた」
「やっぱり言われてるんじゃん。金の鍵寄越せって脅されたんじゃん! あんなに黒塗りの車、絶対悪い奴が乗ってるに決まってるよ! だって趣味悪いもん」
要石さんや、それ以上言わないほうがいいぞ。
相手は天下の『天上天下』、全国各地に部署を置くクランだ。
それに寄越せだなんて一言も言われてねーし。
「話を飛躍させすぎだってーの。俺に提案されたのは、うちに来ないかってクラン参入の提案の方だよ。もし金の鍵が欲しかったら協力してくれるってお話だ。俺でも、【+1】でもヘッドハンティングされる時代なんだなぁといまだに寝耳に水だし」
「え、すごい! でも頼っちなら絶対スカウトされると思ってた。だって一番活躍してたの頼っちだもん!」
「俺は要石さんが全てのヘイトを奪ってくれるタンク役をこなしてくれたから機能してただけだぜ? そんな誇れる事はしてないつもりだ。わりかし外道なプレイだって今でも思うし」
「それは、適材適所だししょうがないよ。慎君だったらそう言う役割すらくれないし。でも頼っちはあたしを頼ってくれたじゃん?」
「頼らなきゃ死ぬのは俺だったからな。頼りたくなくたって頼らざるを得なかったんだよ。それと目の前で死なれちゃ夢見が悪いだろ? 俺、要石さんのことあまり好きなタイプじゃなかったけど、流石さんに死んで欲しいとまでは思わなかったから」
「その感覚が二人の命運を分けたんだろうな。漆戸君は自分だけが特別で、その他大勢をお荷物くらいに考えてた。でも飯狗は助けられるなら助けたいと自分で動いたわけだ。なかなかできないよ、そういうの」
葦葉さんが鋭い考察を入れる。
まるでそう言う経験があるかの様な口ぶりだ。
その結果親しい人に怪我を負わせたか、亡くしたのだろうな。
自分の未熟さが歯痒くて、そして後悔がいつまでも自分の中で燻っている。
それはまるで過去の俺だ。
慎に比べて勉強もできず、探索者の適性も低くてお先真っ暗。
特に努力もせずに勝手に落ち込んでる、そんな自分。
「葦葉さんだけじゃないよ、当時の俺だって任せられるなら誰かに任せたかった。でも、誰も立候補しない、俺なんか死んでもいいって顔でクラスメイトから見送られた」
「いや、そんなつもりはなかったぞ?」
「慎君に楯突く事で、俺たちに矛先が向いたらって思ったらなぁ?」
そうやって笑い合うクラスメイト達。
やはり俺の世界は変わらない。まるで対岸の火事の様に、他人事だ。
「つまり助けられるのにも関わらず見捨てたんだろ? 自分の保身を選んだ。俺なんて死んでもいいって思ってるのと一緒だろ。最弱ステの俺がダンジョンに行くってのはそういう事だからな」
「違う! 慎君がいるから平気だって、そう思ったんだ」
「その結果がどうなったかはニュースやSNS等でみんなが一番知ってるだろ? どうせ俺はみんなにとってその程度の関係。だからヘッドハンティングされても「あっそう」ぐらいの関心しか抱けない。それがクラン天上天下からの申し込みだろうとな?」
「は? 天上天下が【+1】をヘッドハンティングだと!?」
「勘違いするなよ、ヘッドハンティングされたのは俺だ。お前らが見向きもせず、見捨てた。冴えないクラスメイトの飯狗頼忠、その人だ。蓬莱さんは【+1】でも関係なく、動ける時に動くことができて、苦難に立ち向かい、そして打破する俺の胆力を買ってくれたんだ。見た目や世間の情報だけで見下してくるお前らとは違うんだよ」
俺の嫌味なセリフに誰ひとり二の句が告げずに居た。
葦葉さんも俯いたままだ。
心のどこかで仕方ないって空気を出す。
所詮、たまたま同じクラスに居合わせただけの関係。
このクラスにおいての俺は空気だった。
たまたま活躍しても、評価は上がらず、誘ってやってもいいくらいの対応。
その代わり手柄は全部向こうが持っていくのが当たり前。
そんな都合のいい存在でしかなかった俺が、一足先にスターダムにのし上がった。これがカースト上層か!
空気がうまいな。カースト上位っていつもこんな空気吸ってんの? カースト底辺? 最悪だよ、息が詰まるしもう二度と戻りたくないね。
「クラン参入おめでとう、頼っち」
こんな時、素直に祝福してくれる子は今や要石くらいだ。
どこかで俺を下に見てた奴らは全員バツの悪そうな顔で下を向いている。
自分が一歩間違えたら加害者になってたかもしれないと言う事実を受け止めきれなかったのだろう。言葉で追い詰めるなんて考えもしなかった奴らだ。今更察したところで遅い。
「ありがとう、要石さん。要石さんもあちこちのクランから参入申請来てるんじゃない?」
「うん、それもいっぱい! あたし一人じゃ決められないくらい。でもあたしの場合、頼っちと違って食欲で足を引っ張らないか心配でさ。頼っちの言う様に、あたしのスキルって燃費悪いじゃん? 高級非常食くらいの賄いがついてトントンってくらいかな?」
「この大飯喰らいめ! まぁ、ポンポンシルバーボックス開けて非常食ヒットさせられるのは俺くらいだろ。だから上位のクランだからって高望みしないほうがいいぞ? カロリーの高い軽食をたくさん持ち込んだりして対処したほうがいいな」
「やっぱそうだよね。でも高級非常食の味が忘れられないの……」
「あれは美味かったよなぁ、俺の【+5】でもそうそうお目にかからなかった。腹減ってないとなかなか出てくれなくて」
「やっぱり開ける時の心情とか宝箱側が読み取ってる説あるよね?」
「俺は大いにあると思ってるぞ。ずるして大量ゲットしてる俺が言うのもなんだが、一発目はここぞと言う時のものが入ってるもんな」
「虹の盾にはおせわになりました。シルバープレートとシルバーレイピアは今や愛用品です」
「俺も要石さんが前衛を務めてくれたから快く非常食を手渡せたんだ。持ちつ持たれつって奴だな。違うクランに行っても連絡は取り合おうぜ?」
「オッケー」
完全に話題から置いて行かれたクラスメイト達は、二度と俺と要石の会話に入ってくる事はなかった。
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