第110話 謎の腕輪

 カマンベールは、女性の顔を覗こうとしたが、深く被った三角帽子に隠れて、どうしても見えない。

 


「宰相である我に用事とは? そもそも、そなたは誰なのだ? ガーラ参謀と、そなたの関係を申せ!」


 カマンベールは虚勢を張り、矢継ぎ早に尋ねた。

 目の前の女性は、得体が知れず不気味で恐ろしかったが、宰相としてのプライドが彼を突き動かしたのだ。



「おまえは、この私が分からぬのか? 宰相にしては、頭が回らぬ男よの。 ガーラなぞ、どうでも良いことよ。 なあ、考えてみよ。 情報は力なりというぞ。 さあ、想像しろ!」


 女性は叫んだ。


 それに対しカマンベールは、忌々しく思いながら考え込んだ。



「分からぬ …」



「ベルナ王国に足りぬは諜報活動よの。 どうだ、この私を頼らぬか? これは、ヒントでもある」


 女性は、愉快そうな声を発した。



「もしや …。 民間の諜報組織、プレセアの諜報員なのか?」



「確かに、プレセアは我が所有する組織ではある。 正解ではないが惜しい …」


 女性は、再び、愉快そうな声を発した。



「プレセアは、サイヤ王国の息が掛かった組織と聞くぞ。 そちは、我が国に害を成そうとしておるのか?」



「それは違うぞ。 確かに、プレセアはサイヤ王国と縁がある。 それに、敵対している国と仕事するは契約違反よの …。 しかしながら、今回は、カマンベール宰相、そなたと契約するのだ」



「自分と契約?」


 カマンベールは、驚いたような声を発した。



「有り体に申すと、そなたを救いに来たのだ。 ベネディクト王の信頼を失っているであろう。 このままだと、シモンが復権し破滅するぞ!」



「なぜ、それを? ガーラ参謀から聞いたのか? だとしたら情報漏洩だ!」


 聞きたくない言葉に、カマンベールは狼狽えた。



「情報源は申せないが、私は何でも知っておるぞ! だから頼りになるのだ」 


 顔は見えないが、女性の声は自信に満ち溢れている。



「契約とは …。 具体的には何をすれば良いのだ?」


 カマンベールは、不安からか、いつに無く声が小さい。



「簡単なことよ。 そなた自らの手で、この腕輪をすれば良い。 言っておくが、そなたに拒否権はないぞ!」



「何を勝手な!」


 女性の高圧的な言い草に、カマンベールは腹が立ち、席を立とうとした。


 しかし、不思議と身体が動かない。

 それどころか、動悸がして息が出来なくなってきた。



「宰相殿、このまま帰るのか?」



「いや …」



「どうなんだ?」



「苦しい …。 契約をさせてくれ」


 カマンベールは、女性から腕輪を受取って、左の腕にはめた。

 すると、途端に息苦しさが消えた。



「これで契約完了だ。 その腕輪は、そなたを救ってくれるであろう。 だがな …。 言っておくが、その腕輪は契約で縛られておるから外せぬぞ。 勝手に外すと、先ほどのように息ができなくなり死ぬぞ」



「そんな、一方的な?」


 カマンベールが叫んだが、女性はそれを無視し、そのまま部屋を出て行ってしまった。


 女性が出ていくと、入れ代わりにガーラが入ってきた。

 いつになく優しげな表情である。



「さあ、すっかり遅くなりました。 早く帰った方が良いですよ」



「ああ …」


 カマンベールは意気消沈し、逆らう気力も失っていた。



「ところで、あの女は誰なんだ? ガーラ参謀との関係は? そなたは、もしかして …。 ベルナ王国を裏切っているのか?」


 気力を失っていても、カマンベールは聞かずにおれなかった。



「私が国を裏切るなんて、あり得ませんよ」


 そう言うと、ガーラは不気味に笑った。

 見ると、いつもの表情に戻っていた。

 美しいのだが、どこか鋭利な刃物を彷彿とさせるような威圧感がある。また、近寄っただけで、精気を吸い取られてしまうような恐怖を抱かせる。


 それは、先程の、得たいの知れぬ女性と同様の雰囲気を醸し出していた。


 カマンベールは恐ろしくなり、それ以降は何も聞けなかった。

 そして、逃げ帰るようにガーラの家を出て、従者に帰路を急ぐように促した。

 すっかり夜が更けて、辺りは闇に覆われている。

 


「それにしても …。 高圧的な態度で、不遜な女であったわ。 許せぬ!」


 カマンベールは、馬車の中で、左手首の腕輪を見つめ呟いた。



◇◇◇



 少し、時は遡る。


 マサンは、ホロブレスが飛び立った後、再び山腹に潜り、イースを探していた。

 久しく会っていない彼の顔が見たかった。


 但し、ただ闇雲に探している訳ではない。

 剣や魔法及び強い生命力等によって発する波動には、個々の違いがある。

 マサンほどの達人になると、それを、繊細に感じ取れる。

 彼女は、波動を探りながら、早いスピードで洞窟を駆け抜けていた。



「イースの波動を最後に感じた場所から、例の異質な波動を感じる。 このような波動を発する者とは?」


 それは、今まで感じたことが無い、心を突き動かすような波動であった。

 魔力のようだが、それは、人の発するものと雰囲気が違う。しかし、魔族とも違った。

 神々しいとでも言おうか、どこか威厳があり、畏怖の念を抱かせるような神秘的なものであった。

 また、遠くからなのに、ビリビリとした、地響きのような振動が伝わってきて、威圧感が半端ないのだ。



「イースのものと違うが、確認してみる必要がある …」


 マサンは、誰も居ないと独り言が多くなる。

 首を傾げながらも先を急いだ。


 異質な波動は、二人の女性を閉じ込めた不思議な結晶体を採取した大空間の方向から発せられていた。

 しかも、そこは、イースの波動を最後に感じた場所でもあった。



「まさか、異質な波動を放つ者がイースを …」


 マサンの脳裏に、不安がよぎった。

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