第109話 三角帽子の女
ベルナ王国のパル村にある、大規模駐屯地でのことである。
ホロブレスの攻撃を逃れ、国の中枢機関はここに移転していた。
また、国都を逃れた多くの人々がパル村へ集まったため、この村は異常なほどの活況となっていた。
パル村には、魔石鉱山へ続く、深く豊かな森が隣接している。
人々は、この森を開墾し、そこから材を切り出して住宅を建築した。
森には、食材となる山野草が豊富にあり、 食肉用となる野生動物も多くいる。
当然の流れで、これらを売り買いする市場もできた。
人々は、国に頼ることなく逞しく自立したのだ。
しかしながら、治安は乱れ最悪の状況だった。
国は、度々、強制統治を試みたが、湯水のように湧いてくる人々を抑えることができない。
この状況に、シモンに代わり就任した、宰相のカマンベールは頭を抱えた。
他にも大きな問題があった。
サイヤ王国と停戦協定を結びたいのだが、相手国から拒否されたのである。
いつ攻めて来るか分からない敵に、常に臨戦態勢を強いており、そのストレスは頂点に達していた。
これらの危機的な状況から、ベネディクト王は激怒し、期待外れとなったカマンベールを強く叱責した。
このため、彼は意気消沈していたのだ。
◇◇◇
カマンベールは、参謀のガーラに呼び出され、居宅に向かっていた。
謎めいた彼女に招かれるのは初めてのことである。
格下の参謀が宰相を呼び出すなぞ考えられないことであるが、今の地位に返り咲くことができたのはガーラのお陰である。だから、彼女に頭が上がらなかったのだ。
警護の騎士を従え、宰相を乗せた馬車は、かなりの距離を進んでいた。
「まだ、着かないのか?」
カマンベールは、従者に声を掛けた。
「はい。 ガーラ参謀より渡された地図によれば、この辺なのですが …」
辺りを見回したが、何もない平原である。
従者は、不思議そうな顔をした。
「そもそもだが …。 ガーラ参謀は、なぜ、大規模駐屯地内の宿舎に住まないのだ?」
「はい、それが謎なのです。 国都に居る時も、プライベートが分からない人でした。 部下の将軍達も知らないのです …」
「なんだ、そりゃ?」
カマンベールは、呆れたような声を上げた。
一行が途方に暮れていると、突然、濃い霧が出現し、一寸先も見えない状況となった。
進むも退くもできず、困り果てていたが、意外にも突然霧が晴れた。
まるで、魔法でも掛けられているようだ。
「あれでしょうか?」
目の前に白亜の豪邸が出現した。
従者は、不思議そうに声を上げた。
ふと見ると豪邸の前に、いつの間にか、背の高い美しい女性が立っている。
お洒落な服装である。
一行は、彼女に目が釘付けになった。
「良く来てくれました。 さあ、入ってください」
カマンベールは、いつもと違うガーラの雰囲気に魅入られ、唾をごくりと呑み込んだ。
一行が屋敷に入ると 、奥の大広間に案内された。
このような場所に豪邸があるなど、 普段では考えられないような不可思議な状況であったが、 何かに麻痺しているのか異を唱える者はいない。
大広間では従者が待機し、カマンベールだけが別室に招き入れられた。
彼はワクワクとするような高揚感を感じており、終始ニヤついている。そこに宰相の威厳は、まるでなかった。
カマンベールを招いた部屋は豪華な造りであり、高ランクの魔獣の剥製らしき物が飾られている。
豪華ではあるが 不気味な部屋であった。
カマンベールは、しばし、 その光景に見入っていた。
「そこに 、お掛けください」
ガーラに促され、彼はソファーに腰をおろした。
「カマンベール宰相、そんなに緊張なさらずに …」
ガーラは、少しバカにしたような笑みをうかべた。
そんな態度であったにも関わらず、カマンベールは腹を立てなかった。
明らかに 、いつもと違う。
思考を奪われたように、 ぼーっとしていた。
「少し、お待ちくださいね」
そう言うと、ガーラは席を外した。
どれくらいの時間が経ったのだろう。
カマンベールは、 突然、我に返った。
窓の外を見ると、すっかり日が暮れて暗くなっている。
「 寝ていたのか? それとも 気を失っていたのだろうか?」
正気を取り戻したカマンベールは、 得体の知れない恐怖を感じた。
「 やっと、気がついたようだな」
声のする方を見ると、尖った三角帽子を被り、引きずるようなマントを羽織った女性が立ち、カマンベールを見下ろしていた。
黒ずくめの服装で、手に杖を持っており、さながら童話に出てくる魔女のようだ。
深く帽子を被っているため、口元しか見えない。
「 あなたは? いや、それはそうとガーラ参謀は?」
「 ガーラなぞ、どうでも良いことよ。 私が用事があったから、 そなたを呼んだのだ」
そう言うと、女性の口角が上がった。
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