第108話 抗えない女性達

 ワムは、こんな顔ができるのかと思うほどに、ニヤけて見せた。

 それを見て、アモーンは、ますます不安になった。



「おい、アモーン。 そのような顔をして、我のことが怖いのか?」



「とんでもない。 懐かしくて緊張をしているのです」


 アモーンはワムに対して、いつものような横柄で高圧的な態度は取らない。

 まるで、亭主関白な夫に従う貞淑な妻のようだ。



「アモーンよ」



「はい」


 返事をしながら、彼女は身構えた。ワムの目が心の奥を見透かすように赤く光ると、どす黒い影のような物がメラメラと立ちのぼる。

 彼の魔力が、魔族と同じ色に染まっている。偽りを言った瞬間に、見破られてしまうだろう。

 その恐怖が、アモーンに重くのし掛かった。



「アモーン商会なぞと、ふざけた名をつけおって! おまえは、魔族にしておくには惜しいほどの商才があるようだ。 それに、私設諜報機関プレセアも、そなたが運営しておるのであろう?」



「はい …。 実は、そうなんです」


 アモーンは、言いづらそうに話した。

 言いたくはなかったのだが、ワムが心眼で心の中を覗いていると思うと、嘘がつけなかったのだ。



「主要国の要人連中を顧客に率いれて、繁盛しておると聞くぞ! 影の女帝なぞと呼ばれておるが、良い気なもんだな。 ハハハハハ」


 ワムの顔が、ニヤけて、いっそう崩れた。



「自分には商才があったようで …。 ワム様の、ご推察の通りなのです」



「正直でよろしい。 さて、今後のことだが、アモーン商会とプレセアは、我の配下におくぞ。 また、おまえが匿ったベスタフとイースを連れてこい! それから、パウエルとは今まで通り男女の関係を続ければ良いが、二人の仔細を常に報告するのだ。 分かったか!」



「パウエルとのことは誤解です。 彼を利用しているだけで …」



「ええい、グダグダ申すな! 男女の関係なんだろうが! おまえは、それを否定するのか?」



「いえ、否定はしません」



「何度も言わすな! 二人の仔細を常に報告するのだ」



「はい」


 アモーンは、悔しそうに目を閉じた。



「ところで、他に重要な話がある。 心して聞け!」



「はい。 何なりと仰ってください」



「我が娘を、至急、連れてまいれ!」



「娘を、どうされるのですか?」



「我と、そなたの子だ。 さぞかし高魔力であろう。 これからは、手足となって働いてもらうぞ!」



「それは難しいです。 なにせあの子は …」



「言わずとも知っておるわ。 ベルナ王国で活躍しておるのだろう。 しかし、もうじき滅ぶ国の中で、参謀なぞやる意味がなかろうて!」


 ワムは、アモーンの言葉を遮ると、大声で笑った。



◇◇◇



 時は、少し遡る。

 ベルナの国都は、魔獣ホロブレスの吐く火焔により焦土と化していた。


 シモンは、国王より国都守備最高司令官に任命されたが、結局、何も手を打てず指を咥えて見ていただけだった。

 

 申し開きができない致命的な状況に陥っており、シモンの心は暗く沈んでいた。

 無能のそしりを受けるだろう。

 そのことを思うと、恥ずかしさと悔しさで、心を保てなくなっていた。



 思い起こせば、全ては、両親の失踪から始まっている。

 ベネディクト王を『感情の鎖』で縛っていた母の力が、いかに大きかったことか。

 そのことを、身をもって感じていた。

 

 

 国政の中枢はパル村の大規模駐屯地に移転しており、最後まで残っていた近衛兵団も姿を消し、国民も居なくなった。

 頼りにした私兵隊にも逃げられた。残ったのは『感情の鎖』で縛った副隊長のシャインだけだ。

 ダデン家の使用人達も、全て居なくなってしまい、孤独に打ちひしがれていた。


 国都に残るのは、シモンと、彼を取り巻く女性集団のみである。

 彼女らは『感情の鎖』で縛られる被害者であったが、隷属しているため、シモンを見捨てられないのだ。

 そのことを知っているだけに、シモンの孤独感は、よりいっそう大きくなっていた。



 不思議なことに、ホロブレスは城には手を出さなかったから、シモン達は、此処に隠れることで死なずに済んだ。

 おまけに、十分な食料の蓄えがあったので食うには困らなかった。しかも、調理や身の回り、下の世話まで、女性陣が行ってくれる。

 

 シモンは、『感情の鎖』で縛った女性達に、溜まったストレスを発散した。



「シモン様、どうか悲嘆しないでください」



「そうです、身も心も捧げた私達がついております」



「国王がシモン様にした仕打ちは、酷すぎるわ!」


 女性陣は、口を揃えてシモンを気遣う。普通なら仲違いが起きるのだが、異様な連帯感によって結ばれている。

 

 シモンは、彼女達の行動を『感情の鎖』によるものだと理解していたが、自分でも気づかない内に、彼女達に依存しつつあった。



「シモン様に対する夫の仕打ちに腹が立つわ! しかも、宰相の座を奪った。 万死に値する行為だわ!」


 多くの女性の中で、とりわけ大きな声をあげる者がいた。

 


「そうか、君も居たのか …」


 シモンが声を掛けると、中高年の女性は嬉しそうに微笑んだ。



「君の旦那には、消えてほしいと思うよ …」



「シモン様が望むなら、夫を亡き者にします」



「何か、良い方法でもあるのかい?」



「夫は、私のことを愛してるの。 だから、パル村に来るように言われている。 久しぶりに逢えば、私を抱きたいと思うはず。 シモン様のために身体を触らせてなかったけど、今回は許すわ。 必ず、寝首を掻いてやる! これで、シモン様に満足していただけるかしら?」


 微笑むカマンベールの妻の目から、不自然に涙が溢れ落ちた。

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