第111話 深い暗闇の中で

 深い暗闇の中、紫色のおぼろげな光が、俺を包み込んでいる。

 確かに自分ではあるが、違う何かに生まれ変わりつつあるような、不思議な感覚を覚えていた。

 それは、身体の中から込み上げ、血が沸騰するような、今までに経験したことがない、全てを超越するような、圧倒的な存在に思えた。


 しかし、それは、まだ覚醒しておらず、産まれたばかりの赤子のように制御できない。


 俺は、そのまま動けずに、同じ場所に立ち尽くしていた。

 

 

 そういえば …。


 薄れる意識の中で思い出していた。

 こうなる前に、自分は、間違いなくイースであったことを …。



 ビクトリアを斬った時から、何かが変わった気がする …。

 この手に残る嫌な感触と、耳に残る鈍い音が生々しい。

 封印したはずの、彼女との楽しかった思い出が、湯水のように沸きあがり、なぜ、こんな気持ちにさせるのか、自分でも理解できなかった。



 しかしながら …。


 ベアスが話しかけてきたようだが、彼と何を話したのか思い出せない。


 ビクトリアへの恨みや贖罪の意識さえも、時間とともに、急速に薄れつつあった。

 今は、彼女の亡骸が何処かに消え失せたことさえ、どうでもよくなっていた。

 

 何が、俺の心を変化させているのか?

 


 今なら、それが分かる。


 この空間の中の何かが、俺を変化させているのだ。

 この変化は、俺の思考さえも制御する。


 だから、何もかもがどうでもよくなった。

 それは、ベルナ王国で生きる意味を失い、タント王国へ逃れた時に、倒れ伏した状態に似ている。


 はるか彼方から懐かしい声が聞こえてくる。

 とても安心できる声だ。

 その声は、目が眩むような光に包まれて、心の中に押し寄せてくる。


 それを聞いていると、喜怒哀楽が消失し、心地よい脱力感が大きくなるように思えた。


 その声は、愛する者を守れなかったことを悔いていた。

 とても懐かしい声であったが、誰なのか分からない。


 俺は、次第に、その声に支配されつつあった。



◇◇◇



 その頃、マサンは深い闇の中を、駆け抜けていた。



「なんだ、これは?」


 神々しく異質な波動が強くなって行くに従い、次第にポーチの中の何かが強く反応をはじめた。

 普段であればポーチの中を確認するのだが、今回は、急いでいたため放置した。


 異質な波動が強くなるに従い、二人の女性が閉じ込められた、結晶体があった大空間に近づいて行く。

 そんな中、突然、桁外れに強い魔力の波動が出現した。

 それは、人でも魔族でもない。  

 間違いなく、魔獣が発するものであった。



「こんな魔力を持つ魔獣が存在するのか? ホロブレス級の大きさだぞ …。 この魔獣を回避して、先に進めるだろうか?」


 マサンは呟いた後に、苦悶の表情を浮かべた。

 しかし、その不安とは裏腹に、まるで彼女を獲物とするかのように、大きな波動が近づいてくる。


 マサンは、魔杖を取り出して掲げ、空中に魔法陣を出現させた。

 それと同時に、自分を強い結界で包んだ。


 マサンが待ち構えていると、突然、目の前に一人の幼い少女が現れた。

 この少女からは、魔力を感じられない。

 こんな場所に少女がいるのは、あり得ないことなのだが、なぜか、何かに魅いられているかのように、マサンは注意を怠った。

 

 

「どうしたの?」


 マサンが心配して尋ねると、少女は縋るような目で見つめ返してくる。

 


「長い間、一人きりで暗いお部屋から出られなかったの …」


 マサンは、少女の話を聞いて、酷く心を痛めた。

 孤児であったマサンは、不遇な境遇の少女を放っておけなかった。

 マサンは、抱きしめようと両手を広げ、結界を外した。


 少女がマサンに近づこうとした、その時である。


 少女の目が赤く光を放った。

 その直後、マサンの胸に強い痛みが走り、血が飛び散った。

 ごく細い棘のような物で突き刺したのだ。

 

 マサンは、一瞬で飛び下がり、ポーチからポーションを取り出して、一気に飲み干した。

 一応、傷は塞がったが、内部が痺れている。



「毒のようだ」

 

 マサンは、苦悶の表情を浮かべ、前方を見た。


 そこには少女の姿はなく、白い触手のような、ウネウネとした物が動いており、その先には大きな魔力を感じる本体がいた。



「すっかり、奴の術中にはまってしまった。 傷は癒えたが毒が抜けるのに時間がかかる。 それでも、殺るしかない …」


 マサンは、魔杖を掲げ無数の光の矢を出現させ、先に潜む魔獣に向けて放った。

 大きな爆発音がして辺りの岩盤が崩れると、白くぬっペリとした人の形をした魔獣が出現した。

 顔に目鼻がなく、口だけが笑っている。



「あれは、古の魔獣ビャクレンだ。 ホロブレスの時もそうだが、なぜ、突然、現れるんだ? 毒が回っている状態で勝てる相手ではない。 移動魔法で逃げるしかない …」


 マサンが魔方陣を足元に出現させると、その姿が一瞬で消えた。



「置いて行かないで!」


 魔獣の口が開き、少女の声がすると、その姿も消え去った。


 マサンは、必死で逃げた。

 そして、大規模な地下空間に辿り着いた。


「ビャクレンは、魔獣といっても極めて知的レベルが高く、魔法を駆使する」


 マサンは、歯を喰い縛った。

 毒がまわり痺れが激しくなる中、ビャクレンが追ってくる気配を感じていた。


 絶望感に苛まれる中、ふと、遠くを見ると、紫色のオーラを纏う一人の若い女性を見つけた。

 水晶体を採取した場所に、立ち尽くしていたのだ。

 

「あれは、イーシャだが …。 イースが魔法のマントで女になっているのか? でも、なぜか異質な波動を感じる …」


 腑に落ちない点はあったが、イースに会えて嬉しかった。

 しかしながら、古の魔獣が近づいていることに対し、マサンは焦りを感じていた。


 その時である。

 ポーチの中の、何かが強く光を放った。

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