第103話 逃避(ヤマト主観)

 ホロブレスが地上に現れる、約1ヶ月ほど前の事である。


 俺は、マサンとの戦いに敗れ、その怪我により死の淵をさ迷っていたが、少しずつ回復し、週末には退院できる事になった。


 副隊長のシャインは、毎日のように俺の見舞いに来てくれた。

 マサンに負けて、ズタズタに引き裂かれたプライドも、彼女の優しさのおかげで、修復しつつあった。



「隊長、いよいよ退院ですね。 この日が来るのを心待にしていました。 まずは、シモン様のご両親の捜索を進めねばなりません。 隊長が復帰されれば、何十倍にもやる気がでます!」



「シャイン、ありがとう。 死の淵から生還できたのは、君のおかげだ。 本当に感謝している」



「そんなこと …」


 なぜか、シャインの顔が赤くなった。



「いや、本当なんだ。 君がいなければ、俺は間違いなく死んでいたよ」



「そんな、大袈裟です …」



「意識が戻って君の声が聞こえた時に、小さい頃に病気で亡くなった母の声と重なって …。 生きなければって強く思ったんだ!」



「隊長の母上の話、初めて聞きました」


 シャインは、興味深そうに俺を見据えた。

 


「かなり小さい頃の事なんだが、今でも鮮明に覚えている。 母は剣を高次元で操る東方の戦士だったんだ」



「母上の名前は、覚えてますか?」



「もちろんだ。 名前はミヤビだ。 そんな母から剣の手解きを受けていたから、小さな頃から陽気を自在に操れたのさ。 マサンとの戦いで折れたこの剣は、母が使っていた形見なんだ。 その後、俺は孤児院で育てられたんだが、剣の才を認められてムートに入った。 そして、ここの私兵に引き抜かれたんだ。 グラン様には良くしてもらった。 この話をしたのは、シャインが初めてだ」



「隊長、聞かせてもらって嬉しいです。 私は、隊長に、もしもの事があったらと思うと …」


 シャインは、いきなり泣き出した。

 冷静沈着な彼女の変化に、俺は戸惑ってしまった。



「シャイン、心配を掛けてすまない …」



「なんで謝るの? 私は、隊長の事が好きです。 だから、いつまでも元気でいてほしい …」


 シャインの言葉に驚いた。

 俺は、中肉中背で、黒髪で目の色も黒、肌は、黄色みがかっており、見た目は、明らかに異国人だ。

 シャインは、お洒落には無頓着で地味な格好をしているが美しい女性だ。

 とても釣り合わない。



「シャイン、今、言った意味は?」



「返事は、隊に復帰してからで良いです。 明日、また来ます」


 シャインは、顔を真っ赤にして、そそくさと病室を出て行った。



 彼女が出て行ってから、しばらくしてシモンが訪ねて来た。


 彼は、俺の事を兄のように慕っており、宰相という忙しい身でありながら、見舞いに来てくれる。



「ヤマト兄貴、いよいよ退院だな。 それにしても、マサンは想像以上の強さだった。 でも、剣撃は互角だったように見えた」



「いや …。 マサンの剣には陽気と魔力の両方が乗っていた。 正直に言って、剣撃でも負けていたよ。 魔法の修行が必要だと痛感した」



「もうじき退院だと言うのに、そんな、弱気な事を言うな」


 シモンは、呆れたような顔をした。



「すまない …」



「それより、父上と母上を探しているんだが、見つからなくてさ。 副隊長のシャインでは力不足でダメだ。 探せるのは、ヤマト兄貴しか居ない」



「ああ、全力を尽くすが …。 ただ、言っておくが、おまえも知ってる通り、シャインはムートで、魔法使いのAクラスを卒業した実力者だ。 特に、探索魔法は、国内でもトップクラスだ」



「言われなくても分かってるさ! この僕は、ムートの魔法使いのSクラス出身だ。 ヤマト兄貴が復帰した時の事を考えて、シャインに準備させる必要があるな! 彼女に、声を掛けておくよ」


 シモンは、苦々しい顔をした。



「何か手がかりは無いのか?」



「なくて、困ってる」



「なあ、シモン。 両親の事が心配なのは分かるが、らしくないぞ」



「どういう意味だ?」



「何を、そんなに苛ついているんだ?」



「ヤマト兄貴は、誤魔化せないな …。 ベネディクト王の心が、僕から離れている。 そのせいで、国務大臣が次々と反旗を翻してる。 この宰相である僕に、意見する者さえ出て来た。 今までは、そんな奴はガーラしか居なかった!」


 シモンは、鬱憤を晴らすかのように捲し立てた。



「そうか。 政治の事は分からないが …。 なぜ、国王の気持ちが離れたのだろう? やはり、マサンに国都を破壊された事を憂慮しての事なのだろうな」



「クソ! 母上さえ居てくれれば …」



「なんで、メディア様なんだ?」


 俺は、この時は、『感情の鎖』の事を知らなかったため、シモンの言った意味が分からなかった。



「いや、何でもない …。 それより、職務があるから、そろそろ行く。 退院の日は快気祝いをするから、夕方に屋敷を訪ねてくれ」


 

「そうか、ありがたい」


 俺は、シモンに頭を下げた。



◇◇◇



 一人になると、シャインの事を考えてしまう。

 好きだと言われた事が、頭にこびりついて離れないのだ。


 シャインが初めて私兵に配属された時、彼女の美しさに心が踊った。それは、接する度に強くなり、自分でも恋心だと分かっていた。

 

 しかし、異国人の容姿に劣等感を抱く俺は、それを封印してきた。

 だからこそ、シャインの申し出が嬉しかったのだ。


 俺の返事は決まっていた。


 明日、いつものように見舞いに来た時に、シャインと同じ気持ちだと返事をするつもりだ。


 しかし、シャインは翌日も、その次の日も来なかった。そして、退院の日も来なかったのだ。

 今までに無い事なので、とても心配した。



 俺は、退院すると直ぐに私兵隊の兵舎に向かった。



「隊長、退院おめでとうございます」



「早速、業務に当たられるのですか?」



「マジメ過ぎます!」


 多くの隊員から、お祝いや労いの言葉を貰ったが、目当ての人は居なかった。



「副隊長は、どうした?」



「シモン様のご両親の事で、ダデン家に行ったまま帰って来ておりません」



「そういえば、昨夜、シモン宰相と歩いているのを見ました」


 隊員から、様々な情報が上がって来た。


 シモンの事は信頼しているが、彼は女性に凄くモテる。

 なぜか、嫌な予感がした。


 夕方にダデン家に呼ばれていたが、早めに訪ねると、いつものように、執事長のザーマンが出迎えてくれた。



「ヤマト隊長、退院おめでとうございます。 快気祝いは夕方からですが、控え室を用意しましょうか?」



「いえ、副隊長が居ると聞いて来ました」



「退院して、直ぐに業務を行うのですか? 相変わらマジメですな!」



「いえ、業務では無いのですが …。 少し、用事がありまして …」


 さすがに、シャインの告白に対し、返事をしたいのだとは言えない。



「ビクトリア様には言えないのですが …。 シモン様は、グラン様の血を引いてらっしゃる」


 ザーマンは、少し呆れたような顔をした。



「どういう意味ですか?」



「実は、シャイン様は、数日前にシモン様に口説かれまして …。 今は、寝室に一緒に居ります。 宰相として上手く行って無いようで、ストレスの発散が必要なんでしょう …」


 ザーマンは、ツラツラと言い訳めいた事を話していたが、頭に入らなかった。

 愛しい人をシモンに寝取られた怒りより、どうしようも無い諦めの気持ちが募った。



「話せそうもないから、これにて行きます …」



「夕方に、お待ちしております!」


 執事長の声が背後から聞こえたが、この後、俺がダデン家を訪ねる事はなかった。



◇◇◇



 俺は、今、ダンジョンの街にいる。

 優秀な魔法剣士で構成される、シャドウという歴史のあるチームに入れてもらい、冒険の日々を送っている。

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