第104話 四面楚歌

 シモンは、国都守備最高司令官に任命されてから、近衛兵団の幹部を城に緊急召集したが、混乱のせいか、参集が遅れていた。


 近衛兵団には、全部で1,500名ほどの兵員がおり、15の師団がある。

 兵員の殆どはムートのBクラス以上の騎士で、魔法使いは20名程度しか居ない。

 ここは、代々、騎士が中心となって活動している組織だった。



 召集したのは、15名の師団長とそれを束ねる最高師団長1名の計16名であった。

 結局、参集できたのは、翌日の昼過ぎになってしまった。


 集まった面々を見ると、皆、疲弊しており、中には怪我をしている者もいる。

 彼らの姿は、国都の混乱を物語っていた。



 シモンは、居並ぶ幹部を前にして、壇上に上がる。



「国王より、昨日、国都守備最高司令官を仰せつかったシモンである。 我らの使命は、巨大魔獣を打つ事だ! いかにして倒せるか? 相手を知る事から始めねばならぬ! 何か、情報はあるか?」


 シモンが、厳しく睨みを効かせるが、誰も返事をしない。



「では、違う事を聞く! 国都の被害状況はどうだ?」


 相変わらず、誰も答えない。

 シモンは、まるで無視されているかのようだ。



「なぜ、返事をせぬ! 命令を無視するは、反逆罪となり死刑だぞ!」


 シモンが怒鳴りつけると、初老の騎士が前に進み出た。



「我は、最高師団長のザルトンだ。 国都の約6割は、すでに焼失し、明日には全て壊滅となろう。 なぜ、城を攻撃せぬかは謎じゃが、もう、止められぬわ …」


 まるで、他人事のように答えた。



「では、魔獣はどうだ? マサンは激しい剣撃で、首に深傷を負わせたぞ! 我が国が誇る近衛兵団であれば、それ以上の事ができるであろう! 騎士のプライドを見せよ!」



「シモン殿。 魔道士のマサンと我らを比較するとは、極端な話をするものよ …」



「ええい黙れ! 無礼な! まずは、我の事は司令官と呼べ! 近衛兵団は上下関係も分からぬのか? 我は、昨日の緊急国防会議で、ベネディクト王から、直接、任命されたのだぞ!」


 シモンは、ザルトンの言葉を遮り、怒りの声を張り上げた。



「笑止! 我々、近衛兵団は、本日付けで国王の勅命を受け、ガーラ参謀の配下となった。 我らの使命は、できるだけ多くの国民を、国都から逃す事にある。 ホロブレスと戦う事ではない! また、かの魔獣は、結界術を駆使した極大魔法によらねば倒す事は不可能と聞いた。 その役目は、3傑の筆頭であり、高魔力を駆使するシモン殿であると伺っておる。 ホロブレスを打つは、そなたの役目であろう。 3傑の意地を見せよ!」


 シモンは、ザルトンが掲げる勅命書を見て、その場にへたりこんでしまった。



「元宰相の話と聞き及び、持ち場を離れて来たが、とんだ無駄足だった」



「3傑の筆頭と聞いたが、あれがそうなのか?」


 参集された幹部の面々は、陰口を言いながら、それぞれの持ち場に帰って行った。


 一人残されたシモンは、途方に暮れた。



「ホロブレスを打てとの王命を受けたが、実際のところ死ねと言われているようなものだ。 かと言って、逃げる訳にもいかない。 ヤマト兄貴が居てくれたら …」


 シモンは、思わず弱音を吐いてしまった。


 しかし、落ち込んでばかりいられない。

 とにかく、自分の手足になって動く人員が欲しいのだが、ある人の顔が頭に浮かんだ。


 善は急げと、直ぐに、その人物の居る施設に向かった。



◇◇◇



「これは、シモン殿」



「違う。 僕は、宰相を罷免されたけど、今は、国都守備最高司令官なんだ。 呼び方に注意しろよ!」


 目の前の男は、ムートの統括者のジームであった。


 彼を統括に引き上げたのは、シモンである。



「シモン司令官、どうされました?」



「うん、それで良い。 ところで …。 ムートは、城に隣接しているから、今のところ被害はないようだな。 安心したよ!」



「はい。 なぜか、あの巨大な魔獣は城に近づきません。 しかしながら、いつ方向を変えるかも分かりません。 だから、国都を離れる準備をしています」



「離れる必要はないよ!。 国都の守りのため、Bクラス以上の人員を提供してよ。 最低300名は欲しいけど、この場で、在籍名簿を提出して! それと、騎士修習生のAクラスのヤーナだけど、彼女の力が欲しいんだ。 直ぐに呼び出してよ」


 シモンは、ジームの事を、自分の手足として動く部下のように考えていた。だから、問題なく人員を差し出すと踏んでいた。



「シモン司令官。 ご存知の通り、ムートはベネディクト王の直属機関であり、軍の参謀の配下にあります。 まずは、ガーラ参謀に、ご相談ください」



「そんな建前のような事を言う必要はない! おまえは、ここの統括者なんだから、決定権を行使すれば良いだけの事だろ。 僕と君の仲じゃないか! 国王には話しておくからさ。 安心しな!」



「いえ、ダメです。 お帰りください」



「何、帰れだと! 誰に口を聞いてるんだ! これまで目を掛けてきた恩義を忘れたのか?」



「お帰りください」



「だから、言うけど …」


 何度、話してもジームは心変わりしない。

 シモンは諦めて帰るしかなかった。



◇◇◇



 最後に寄ったのは、ダデン家の私兵組織だった。

 父親のグランが居なくなったため、自分が実質的なオーナーなのだが、兄と慕う隊長のヤマトが失踪してからは、足が遠退いていた。


 この組織には、500名も兵員がいたが、隊長のヤマトが失踪してからは求心力を失い、現在は僅か100名ほどになっていた。

 ヤマトの存在は、この隊に取って極めて大きかったのだ。



 兵舎に着くと、副隊長のシャインを呼び出した。


 ストレスを発散するため、シャインに『感情の鎖』を掛けて抱いたのだが、シモンが執着するほどの容姿ではなかったため、屋敷に呼び出す回数は減っていた。

 いわゆる、つまみ食いをしたのだ。


 シャインは、シモンを見ると笑顔で迎えた。



「シモン様、逢いに来てくれたのね!」



「違う! ヤマト隊長の事だ。 その後、行方は分かったのか?」



「なんだ、その事? お屋敷に呼んでくれれば、その時に話すのに …。 最近、ご無沙汰で寂しい …。 でも、逢えて嬉しいわ」


 シャインは、シモンに隷属しているため、常軌を逸するほどに喜んでいる。



「そんな事は、どうでも良い! ヤマト兄貴の行方は、どうなってるんだ? 居ないと困るんだよ!」



「まあ、それは大変! でも、安心して …。 探索魔法を駆使して方角を定めて見たわ。 間違いなく、ダンジョンの街に居るはず。 そこに行って探せば、見つかると思うわ」


 

「そうか …。 それで、なんで失踪したか、分かったのか?」



「失踪の理由は分からないけど、最後の日の足取りを調べたわ。 聞き取りをしたらね …。 なんと! ヤマト隊長は、私を探していたのよ。 ダデン家のザーマン執事長に、私の所在を尋ねたのを最後に居なくなったって! 可笑しいでしょ!」


 シャインは、大声で笑った。



「なに? ヤマト兄貴が、おまえを探していただと? 失踪当日は、確か、俺は、おまえと一緒に …」



「そうよ。 シモン様に抱いて貰ってる時に居なくなるなんて、タイミングが悪い人だわ」


 シャインの笑い声が、ひときわ大きくなった。


 シモンは、その声に驚き彼女を見つめた。

 シャインは、満面の笑みでシモンを見ているが、その目には涙が溢れている。そして、大粒の涙が、ポタッとこぼれ落ちた。


 シモンには、この反応の意味が分かった。

 それは、『感情の鎖』を掛けられた者に現れる、心の抵抗を示すものであった。


 

「おまえ、まさか …。 ヤマト兄貴と何か約束でもしていたのか?」



「どうでも良い話だけど …。 ヤマト隊長に好きだと告白したの。 それで、彼の返事を待っていたけど …。 でも、私にはシモン様が居るから、もう関係ないわ!」


 シャインは、相変わらず満面の笑みであるが、その目から、不自然に涙が流れ続けていた。



「僕は、なんて事を …」


 そんなシャインの姿を見て、シモンはワナワナと震え出した。

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