第102話 ガーラの献言

 ベネディクト王が興奮して話した後に、参謀のガーラは、うやうやしく王を見た。



「ホロブレスは、魔王の使役獣なので、マサンが地上に引き連れた訳ではありません。 恐らくは、地下空間で戦っていたものが、その勢いのままに地上に出てしまったのでしょう。 ホロブレスの首の深い傷は、マサンが付けたものに間違いありません。 凄まじい剣撃です。 次に、この映像をご覧ください」


 ガーラが話すと、周囲の者は恍惚とした表情を浮かべた。彼女は、口上に魔力を乗せたようだ。

 それに気がついたのか、シモンは苦々しい顔をした。



「この映像では、マサンが魔法の槍を放とうとしています。 それを察知したホロブレスは、空高く舞い上がりました。 魔獣は、マサンから逃げたのです」



「あの巨大な魔獣を退けただと! 本当なのか?」


 会議に居並ぶ国の重鎮連中が、一斉に声をあげた。

 また、シモンも同様に驚いていた。



「マサンが退けたのであれば、我が国の3傑が打ち負かせるであろう! ガーラ参謀よ、直ぐに国都に戻りホロブレスを蹴散らしてくれ」


 国王のベネディクトは、安堵の表情を浮かべた。



「申し訳ありません。 私はビクトリア司令官を探さねばなりません。 国都へ戻れないのです。 しかし、ご安心ください。 そちらには、3傑筆頭のシモン宰相が居ります」


 いきなり話を振られ、シモンは目を丸くした。



「バカな! 僕は宰相であり、軍人では無いぞ! 国王と共に、国の重要事項を司る役目があるのだ! ガーラ参謀は、つべこべ言わずに軍を国都へまわせ! これは、命令である」


 シモンは人が違ったように、目を血走らせて怒った。 



「シモン宰相は、前職は軍の参謀だったではないか! 元々は軍人なんだから、魔獣ごときに遅れをとらぬはず。 それとも、怖いのか?」


 ガーラは、遠慮なしに宰相に食いつく。それに対し、誰も咎めない。

 両親が失踪してから、シモンの求心力は落ちていた。



「魔獣なぞ恐れない! 少なくとも、自分はマサンと同レベルだ。 しかし、良く考えて見ろ! 最強の切り札である僕を、先に使うバカが何処にいる! ガーラで十分であろう」


 シモンは力説しているが、周りはしらけている。



「ならば、シモン宰相に聞く! 今、聖兵を国都に割けば、必ずやサイヤ王国が責めて来るぞ。 そうなれば、ベルナ王国は滅ぶが、それで良いのか?」



「ガーラ参謀! 僕は宰相だ。 口の聞き方に気をつけろ!」



「腑抜けの宰相など要らぬであろう。 国王はどう思われますか?」


 ガーラの不遜な態度に、誰も異を唱えない。

 口上に乗せた魔法が効いているのもあるが、それ以上に、シモンの力が落ちているのだ。

 シモンは、悔しさからか、小刻みに身体が震えている。

 


「ガーラ参謀に聞くが …。 では、どうすれば良いのだ?」


 ベネディクト王が、ガーラを見据えた。



「サイヤ王国と停戦協定を結ぶべきです。 難しい交渉となりますが、カマンベール公爵が適任かと思われます。 今さら説明する事ではありませんが、彼の外交能力は高く、各国に太いパイプがあります。 僭越ながら言わせていただきますが、彼こそが宰相に相応しいと思います。 実を申せば、彼はパル村の大規模駐屯地に待機しております」


 ガーラの話を聞いて、会場内で、どよめきの声が上がった。



「黙れ! この宰相のシモンを排除して、カマンベールを復帰させるというのか? 無能な奴に何ができる!」



「ならばシモン宰相に聞くが、サイヤ王国との無謀な戦争に突き進んだ原因は何処にある? シモン宰相がベネディクト王を誑かしたのであろう」



「違う! それは、サイヤ王国との、長年に渡る小競り合いに決着を付けるため …。 ガーラ参謀も一緒に突き進んで来たであろう。 また、魔石鉱山等の資源を手中にして国を豊かにする! 国策として進んだ道ではないか! 何を、今さら?」


 シモンは、立ち上がって周りを見渡した。



「相変わらず、口だけは達者な奴だな。 だが、誰も信じぬぞ。 それよりも、ベネディクト王は、一刻も早く国都を逃れるべきです。 シモン宰相の力では、ホロブレスを止められません。 将軍に移動魔道具を預けてあるので、今すぐにパル村の大規模駐屯地に逃れてください。 このガーラめが、魔力で導きます」



「なに! ガーラは空間魔法を使えるのか?」


 シモンは、驚きの表情でガーラを見据えた。



「この程度の空間魔法、ムートのSクラスなら当然の事だ」



「儂は、ガーラのいうとおり大規模駐屯地に避難する。 シモンは、宰相の任を解き、国都守備最高司令官を命ずる。 そなたに、近衛兵団を預ける。 高魔力を駆使し、ホロブレスを打つのだ!」



「そんな …。 では、宰相の後任は?」



「カマンベールを任命し、サイヤ王国との停戦交渉に尽力させる」


 シモンは、あまりの事に膝から崩れ落ちてしまった。



◇◇◇



 会議が終了してからの事である。

 ガーラの反逆とも取れる態度に、シモンは怒りを抑えられずにいた。

 また、兄のように慕っていたヤマトが失踪していた事に加え、ビクトリアも居なくなったという。

 野心の塊のような彼は、気力を失いつつあった。


 城から外を眺めると、遠く離れた場所で、無数の黒い煙が立ちのぼっており、甚大な被害がある事が伺える。



「あんな、巨大な魔獣に対抗できようか。 マサンのような強さが自分にあれば …」


 シモンは、珍しく落ち込んだ。



「そう言えば、あの赤い屋根の下に、マサンの弟子となったイースの妹がいたな。 忙しすぎて、声を掛けてなかった。 それにしても、美しい娘だった …」


 シモンは、ムートの建物を見て、口角を上げた。

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