第101話 緊急国防会議

 今日は、朝から騒がしい。いや、それどころじゃない。



「あの、巨大な翼のはえたトカゲは、いったい何なのだ? 竜なのか?」


 シモンは、不安げに口を開くと、肩を震わせた。



 巨大な生き物は、口から火炎を吐き散らし、辺り一帯を一瞬で火の海にしている。


 これまで経験した事がないほどに焦っているのを、彼は自覚していた。



 恐らくは、剣では太刀打ちできないだろう。

 あれに対抗するには、ビクトリアの空間魔法を併用したガーラの極大魔法しかないと思えた。

 


 シモンは、側近の高級官僚に指示し、軍に出動命令を出した。


 しかし、いっこうに軍が動く気配がない。

 しばらくして、なぜか戦いもせずに、最高クラスの将軍連中が、続々と城に集まってきた。

 彼らは、ベネディクト王の判断を仰ぎたいと、叫ぶように口を開く。


 ベネディクト王も、それを認め、国務大臣も参集した。

 つまり、緊急国防会議を開催する事になったのである。



(そんな悠長な事をしている場合ではないのに、国王を制御できない。 ベネディクトを操れる母上が居れば …)


 シモンは、心の中で叫んでいた。


 

 取り敢えず、上級魔法使いと近衛兵により、城の守りを固めてはいるが、あの巨大な生き物に対抗できるとは、とても思えない。

 

 幸い、巨大な生き物は城に近づくことなく、民が住む市街地を焼き尽くしていた。



 このような中、緊急国防会議が始まった。

 


「参謀のガーラは、なぜ居ないのだ?」


 宰相のシモンは、居並ぶ将軍連中に向かって声を荒げた。



「はあ …。 それが …。 そのう …」


 年長の将軍が声を漏らしたが、歯切れが悪い。



「早く言え! この役立たずが!」


 シモンは我慢できず、汚い言葉で罵った。



「シモン宰相、控えるのだ。 将軍は、どのような事か、落ち着いて説明をしなさい」


 ベネディクト王が、シモンを制すると、彼は悔しそうに唇を噛んだ。



「ガーラ参謀は、ビクトリア司令官の捜索のため、パル村の大規模駐屯地に居られます」



「待て! ビクトリアの捜索とは、どういう事だ?」


 シモンの声は、驚きで裏返っていた。



「パル村で、不信な者を捕らえ大規模駐屯地の牢に入れたのですが、あっさりと脱走されまして …。  その時に、他の囚人も逃げ出して、大乱闘となり多くの死傷者が出たのです。 それで …。 事の重大さを考えて、ビクトリア司令官も駆けつけました。 司令官は大隊長のベアスと共に、パル村で捕らえた者の足取りを追い、魔石鉱山に入りました。 数日後、ベアス大隊長が一人で鉱山の出口まで来たのですが …。 しかし …。 その後、結論を申し上げると、二人とも行方が分からなくなったのです。 ガーラ参謀は、 3傑の一人であるビクトリア司令官を探すため、大規模駐屯地に向かいました」


 将軍の一人が、淡々と説明した。



「行方不明と言っても、3傑のビクトリアを倒せる者なぞ、おらぬであろう」


 ベネディクト王が、威厳のある声で周りを見ると、皆は、深く頷いた。



「ガーラ参謀が城に来られない理由は分かった。 それならば、映像と音声を扱える魔法の水晶でガーラ参謀を参加させろ!」


 シモンは、以前のような余裕がない。かなり、イラついていた。

 そんな彼の様子を、国務大臣の連中は、冷ややかな目で見ている。



「はい。 既に準備してあります」


 将軍の一人が答えると、大きな水晶から、執務室の机に座るガーラの姿が現れた。

 まるで、そこに存在しているかのようだ。



「国都に、伝説の魔獣と呼ばれるホロブレスが舞い降りたとの事、国王閣下に至急のご決断をいただかねばなりません」


 ガーラは、ベネディクト王を見据えた。



「立場をわきまえろ! ガーラ参謀は、この宰相に報告するのだ!」


 シモンは、自分の立場を誇示するかのように言い放った。



「時間がないのだ! 国王のご判断を仰ぎ決断せねば、国が滅ぶぞ!」


 ガーラは、シモンを軽蔑するように声を荒げた。



「ガーラ参謀、遠慮なく話しなさい。 シモン宰相は口を出すでない!」


 国王の声に、シモンは押し黙るしかなかった。



「ホロブレスとは、どのような魔獣なのだ?」



「はい。 ホロブレスは、全長が200メートル以上もある、魔王の使役獣と呼ばれる地底竜です。 世紀末になると地表に現れると言われており、吐き出すブレスは、ひとつの都市を燃やし尽くし、口を開けた時に発する衝撃波は巨大な地震を誘発する。 最悪な魔獣です。 シモン宰相の持っている魔道書に載っているから、彼も、ご存知のはず!」



「補足があれば、シモンも申せ」



「いえ …」


 シモンは答えられなかった。

 魔道書を詳しく見ておらず、ホロブレスの事を知らなかったのだ。


 彼の立場は、徐々に弱くなって行った。



「昨日、私が、大規模駐屯地に向かっている最中に、魔石鉱山から少し離れた山腹の地下から、ホロブレスは突然出現しました。 都合良く、大隊長のベアスを捜索する小隊がいましたので、その映像を撮るように、私、自らが命令を下したのです」


 そう言うと、ガーラは、その時の映像を映しだした。



「竜は、怪我をしているようだが?」



「はい。 この怪我は、ここに見える魔道士によって受けたものです」


 ガーラは、ホロブレスの前に小さく映る人物を指し示した後に、拡大した画像を映し出した。

 そこには、魔杖を掲げる銀髪の美しい女性の姿があった。



「この、美しくか弱そうな女が、この巨大な竜に傷をつけたと言うのか?」



「はい。 この女こそが、以前、我が国都を攻撃した張本人です。 ビクトリア司令官に、空間魔法で遠方に飛ばされたが、ホロブレスを引き連れて戻って来ました …」


 ベネディクト王が、ガーラに手の平を見せると、彼女は、一旦、喋るのをを止めた。



「待て! 確か、その女は …。 伝説の魔道士ジャームの弟子のマサンか? 魔獣を引き連れて戻って来たと申すのか?」


 ベネディクト王が、声を荒げると、会場がどよめいた。

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