第100話 そして地上へと

 隊長のギブスは、魔法の水晶による通信を終えた後、厳しい表情で部下を見据えた。

 隊員は整列し注目している。



「本部からの命令を伝える。 移動魔法具を使い、あの竜の近くに行き、魔法の水晶により映像を送れとの事だ。 この隊の10名の魔法使いは移動魔法具にて現地に直行する! 騎士の20名は、班長が率いて徒歩で来い! 分かったか!」


 隊員は怖じけずいているのか、返事がない。

 震えている者もいる。 



「行かない者は、脱走罪と同様に扱われ死刑となる。 拒否はできない! 分かったか!」



「はい」


 覇気がないが、全員が返事をした。



◇◇◇



 魔法使いの10名は、移動魔法具により先発し、巨大竜より約1キロの距離に陣取った。



「それにしても …。 全長が200メートル以上はある。 立ち上がった姿は、山のようだ。 あんなに巨大な竜がいたとは …」


 ギブスは、 驚愕の表情を浮かべた。

 そして、部下に指示し、魔法の水晶で映像を送らせた。


 しばらくして、ギブスが携帯する魔法の水晶に連絡がきた。

 魔法の水晶には、それぞれに役割があり、彼の水晶の機能は音声通話のみだ。



「我は、参謀のガーラである。 直接采配するから心して聞け! 映像を見たが、あの竜はホロブレスという魔王の使役獣だ。 近くに、魔族が居ないか確認しろ! それから、竜の鱗がくすんで見えるようだが …。 あと、首筋に剣で斬られたような傷があるが、もっと近くからの映像を送れ!」



「ハッ、直ちに!」


 ギブスは、相手の名前を聞いて酷く緊張した。参謀のガーラは、遥か雲の上の存在で、直接話ができる相手ではなかったのだ。


 条件反射のように返事をしたが、巨大竜が居る方向を見ると、恐ろし過ぎて身体が震える。


 ギブスは、陣営を600メートルほど、巨大竜に近づけた。

 この距離だと、いつ攻撃されてもおかしくない。

 竜は感知能力が高いため、我々の事に気がついているだろう。


 生きた心地がしなかったが、それでも、必死になって映像を送った。


 ホロブレスの身体は、全体に煤けたように黒みがかっており、所々鱗が剥げている。

 驚くべきは、大きな首筋に、剣で斬られたような深い傷があり、そこから大量の血が滴り落ちていた事だ。

 傷口を見ると、肉がウネウネと動いている。

 鱗が剥げた部位も含め、竜の驚異的な再生能力で、自らを治癒しているようだ。

 


 ホロブレスは、翼を広げているが飛び立つ気配はない。

 

 大きな目をランランと見開き、睨み付けている。

 まるで、何かを威嚇しているようだ。


 ホロブレスの目線の先を見て、ギブスは目を疑った。

 そこには、魔杖を掲げる、背が高く美しい銀髪の髪の女性が立っていた。



「なんと無謀な …」


 それを見て、隊員の一人が呟いた。



「あれは、魔道士のマサンだ。 ダンジョンの街で取り逃がした、あの女だ!」



「伝説の魔道士ジャームの弟子のマサンか?」


 にわかに、陣営内が騒がしくなった。


 とっ、その時である。

 ギブスが携帯する、魔法の水晶から音声が聞こえた。



「命懸けの任務ご苦労であった。 直ぐに撤収せよ! ホロブレスは、魔道士のマサンが倒してくれるだろうよ。 しかしながら …。 マサンが瀕死の重症をおって倒れた場合、その生死に関わらず、奴を回収して戻れ! 分かったか!」


 ガーラの声は、機嫌が良さそうに弾んでいた。



「ハッ、了解しました! 直ぐに撤収し備えます」


 ギブスも、この危険な場所から離れられるかと思うと、思わず声が弾んでいた。



◇◇◇



 ホロブレスに相対するマサンは、ギブス達が潜む気配を感じたが、敢えて無視していた。


 巨大竜の火炎ブレスを警戒しつつ、口を開けるタイミングを狙っていたのだ。



「首の傷があれだけ深けりゃ、冷却槍をぶち込めば貫通するわな」


 そう言うと、マサンは口角を上げた。


 良く見ると、彼女が立つ地面には複雑な魔方陣が書かれており、魔杖の先端には、限りなく透明な槍のような物が無数に見える。



「さあ、口を開けろ!」


 マサンは、完全に戦闘モードに入っており、どこか狂喜に満ちた笑いを浮かべている。



 しかし、ホロブレスは、その後、意外な行動を取った。

 翼が振動した直後、物凄い強風が発生したと思ったら、一瞬で巨体が天高く舞い上がったのだ。


 見上げると、遥か彼方に豆粒のように見える。



「あの高さでは追いかけられんわ。 まさか、ホロブレスが逃げるとはな …。 拍子抜けする奴め! さて、イースでも探すか …」


 マサンは、小さく呟くと、山腹の中に姿を消した。



◇◇◇



 翌日の朝方の事である。

 ホロブレスは、建物が密集する都市に舞い降りた。


 見たこともない巨大な竜の出現に、人々は恐怖におののき逃げ惑った。


 傷は完治しており、完全に復活している。

 大きく口を開けた瞬間、火炎ブレスにより2キロ四方が火の海に包まれた。



「あの、バカデカイ怪物は竜なのか? このままでは、ベルナの国都が消滅してしまう。 至急、ガーラ参謀に連絡し、軍を出動させよ!」


 王宮の中で、シモン宰相の叫ぶ声が響き渡った。

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