第79話 アモーン商会

 ベスタフが案内する空間異動ポイントは、魔石車で10時間も走った距離にあった。

 運転手から、料金が6万シーブルと言われた時には高くて驚いたが、結局、俺が払うしかなかった。


 ここは、市街地からかなり遠く離れた場所にあるが、サイヤ王国は広大なため、まだ国都の中である。


 メディアと、この国に来た時の空間移動ポイントは、歩いて行ける距離にあったから、かなり遠回りしている。 

 しかし、道順を思い出せないため、ベスタフに頼るしかなかった。


 

「イースに払わせて悪かったな。 兄貴に巻き上げられたポーチの中には、9,000万シーブルもあったんだ。 だから、ポーチを取り返したら必ず返すからな」


 ベスタフは、申し訳なさそうに深く頭を下げた。 

 マサンから、80万シーブルも貰ったが、今の持ち金は、50万シーブル程度になっていた。

 ギルドカードを作ってないため、稼ぐ方法が思いつかず、凄く不安になってしまう。


 そんな俺の心を知ってか知らずか、ベスタフは、黙々と歩いて行く。



「イース、あそこに入るぞ!」


 ベスタフが指し示した先には、アモーン商会と書かれた看板を掲げる、3階建てのビルがあった。


 建物に入ると、中はカウンターで隔てられておりギルドのような造りだ。

 客はおらず、10名ほどの社員が、忙しなく働いていた。


 そんな中、直ぐ近くの男が、こちらを見て声をかけて来た。

 ヒゲ面のワイルドな男で、身体がデカい。しかも、声も異様にデカかった。



「ここは、玄人専用の店だ。 素人は、お断りだ!」


 ヒゲ面の男は、見上げるほどに大きく、まるで熊のようだ。



「社長の、アモーンを呼んでくれ!」


 ベスタフは、相手の威圧に負けないよう、目を逸らさず睨んでいる。



「社長を呼ばずとも、この俺が対応する。 あんた、ギルドカードはあるのか? 無いんだったら紹介状を出せ!」


 ベスタフがギルドカードを渡すと、男の表情が変わった。



「あんた、Aランクなのか?」



「ああ。 ここの社長は、ギルド時代の知り合いだ。 ベスタフが来たと伝えれば分かる」


 男は、慌てた様子で、奥の方に走って行った。


 しばらくすると、尖った三角帽子を被り、引きずるようなマントを羽織った女性が出て来た。

 黒ずくめの服装で、手に杖を持っており、童話に出てくる魔女のようだ。

 深く帽子を被っているため、口元しか見えない。


 彼女が、社長のアモーンだった。



「おやまあ、本当にベスタフだよ。 この前、会って以来、音信不通だったから心配してたんだよ。 あんたが、この国の魔道士であるワムと知り合いだって言うから、大口の注文を期待して待ってたんだ。 いよいよ、注文してくれるのかい?」


 アモーンの声は、明るく弾んでいる。



「違うんだ。 トラベルカードの再発行と、ここの空間移動ポイントを利用するために来たんだ」



「遠くに行くのか? 大口注文は、違ったようだな …。 ここじゃ何だから、社長室に来な」


 アモーンは、カウンターの扉を開けて、手招きをした。

 俺とベスタフが中に入ると、彼女は先に歩いて行く。

 俺達は、急いで後を追いかけた。


 その様子を、さっきの熊男が見ていたが、目があった瞬間、逸らされた。

 見かけによらず、気が小さいようだ。



 奥の階段を上がると、3階に社長室があった。

 豪華な造りで、中には、いくつもの扉が見える。

 アモーンは、一番、左端の扉を開いた。


 中に入ると、大きな窓があり、そこには、信じられない景色が見えた。


 ここは、国都の中なのに、なぜか、雪深い山村が見える。

 

 よく見ると、家の前の除雪をしている男性がいた。

 一瞬、絵画なのかと思ったが違う。男性は動いており、どう見ても、リアルな景色だった。



 俺は、思わず窓の近くに駆け寄って目を凝らした。



「コレッ! 危ないから、近寄るんじゃないよ」


 アモーンの大きな声がした瞬間、俺は、雪深い山村の中に立っていた。

 寒さが身に染みて、ブルッと震えた。しかも、吐く息も白い。



「アレッ、あんちゃん。 そんな寒げな格好をしてからに! いったい、どこから来たんじゃ?」


 目の前に、窓から見えた、雪かきをしていた男性がいた。

 


「俺は、アモーン商会にいたんだが …。 ここは、どこなんだ?」



「どこって? あんた、若そうやが、頭、だいじょうぶか?」


 男性は、こちらを見て訝しんだ。


 しかし、俺は、それどころじゃなかった。

 なんで、こんな場所にいるのか、訳が分からなかった。

 そんな俺を見て、男性は、不思議そうな顔をしている。



「ちょっと待ってろや …」


 男は、声を掛けた後、家の中に入って行った。



 途方に暮れていると、誰かが、俺の肩を叩いた。

 振り向くと、アモーンが立っており、自分は、いつの間にか社長室の中にいた。


 窓には、相変わらず山村の冬の景色が見える。

 家の中から、先ほどの男性に連れられて、女性と子どもが出て来て、俺を探すかのように、周りを見回している。



「窓に近寄るんじゃないよ! 魔力が強いだけの、ずぶの素人めが! 身体の回収料は高いが覚悟しろよ!」


 アモーンは、かなり怒っているようだ。

 しかし、出てくる言葉とは裏腹に、唯一露出した口元を見ると、その口角は上がっていた。

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