第78話 ワムからの逃亡

 ベスタフは悲しんだ後、自分の生い立ちを含め、これまでの経緯を包み隠さずに話してくれた。

 俺より18歳も上の立派な男が、ワムを恐れる姿を見て、危機感のようなものを感じた。

 ワムは、黒魔術にも長けているとなると、その実力はマサンを上回るかも知れない。

 だから、戦っても、とても勝ち目がないと思えた。



「なあ、ベスタフ。 師匠のジャームは、ワムの事を、野心家で信用ならない男だから近づかない方が良いと言っていたんだ。 今のような状態になる事を見越していたんだと思う …」



「ジャームから、そんな事を言われたのか?」


 ベスタフは、かなり驚いたようだ。


 そんなベスタフを見て、俺は続けた。



「でも …。 ワムの優しい性格が変わったのは、黒魔術に手を出したからだよね。 それは …。 恐らくは、メディアがグランを選んだ時に、ショックを受けた事が原因にあると思うんだ。 恐らくは、黒魔術に逃げた。 でも、グランがメディアに『感情の鎖』を使って隷属させられた事や、張本人のグランを殺した事をワムに伝えただろ。 ショックが和らいで、いずれは、元の性格に戻るんじゃないのか?」



「分からない。 魔道書があれば、確認できると思うんだが …」


 ベスタフの残念そうな顔を見て、俺は、ポーチから魔道書を取り出した。



「イース、それって …。 マサン殿から借りていたのか?」



「ベスタフが打ち明けたんだから、俺も正直に言うよ。 マサンから、全て頭の中に入ってるから不要と言われ、譲り受けたんだ」



「そんな、貴重な物をか? イースに、魔道書を譲って良いほどの、何かを感じたのか …。 それにしても、頭に入ってるなんて、マサン殿は凄いな」


 ベスタフは驚きのあまり、目を見開いた。



「イース。 じゃあ、直ぐに読んでくれ」


 ベスタフは、子どものように目を輝かせている。

 


「ベスタフが、読んでくれないか?」



「俺で良いのか? 貴重な書物だから、持ち主が読んだ方が良いと思うぞ」



「ベスタフに、読んでほしいんだ。 実は …。 内容によっては、古代文字が使われているだろ。 あまり読めない。 辞書と格闘してると時間がかかるんだ。 この事は、恥ずかしくて、マサンにも言ってないんだ …」



「そうなのか …。 魔族に関する内容は、古代語の文字で書かれている。 だから、イースは黒魔術の事を知らなかったんだな …。 ところで、ジャームから、古代語を学ばなかったのか?」

 

 ベスタフは、少し呆れたような顔をした。



「師匠からは、実戦における剣術や魔法を叩き込まれたが、知識に関する事は学んでない。 ましてや、語学なんて …」


 ジャームに関わった者の中で、自分だけが取り残されているように感じ、落ち込んでしまった。



「そうか …。 俺は、弟子として認めてもらえなかったが、その分、知識に関する事を頑張ったんだ。 だから任せてくれ!」


 ベスタフの、俺を気遣う気持ちが伝わって来る。

 俺は、魔道書を渡した。



 彼は、一心に読み漁っていたが、しばらくして、顔を上げ、俺に解説を始めた。



「まず、神の気質を白、魔神の気質を黒と定義する。 兄貴は、白だったものに黒の気質が混ざった状態なんだ。 今の性格から考えると、黒に近い灰色だと思う …。 魔道書によると、一旦、変わってしまった気質は、元には戻らないんだ。 だけど、白か黒の、どちらかに進行させる事は可能だ。 兄貴は、術を極めてるから、魔術の昇華は限界に近いだろう。 白に進行させるには …。 例えば、過去に受けた看過できないようなショックがあったとして、それを上回る癒しを受けた場合、白の領域へ進むと思う。 つまり、ショック療法のようなものだな …」


 ベスタフの雄弁に話す姿を見て、彼は、学者タイプだと思った。とても、頭が良さそうだ。



「そうなると、メディアの存在が大きいと思うけど …。 効果が無かったのは、本人が会ってなかったからでは?」



「そうかも知れない。 だが、やって見ないと分からないし、効果があったとしても、どの程度かも分からない。 反対に、ショックから憎しみが大きくなって、さらに悪化するかも知れない。 会わせるのは、最後の手段にした方が良いと思う」



「じゃあ、俺達はどうする?」


 ベスタフを見ると、何かを覚悟したように、大きく頷いた。



「イース、ここから逃げよう。 君は、ベルナ王国に復讐したいから来たんだろ。 そもそもだが …。 兄貴は、ベルナ王国との戦争に興味がないんだ。 頼っても無駄だと思う」


 俺は、宮殿に忍び込んだ時の、役人の雑談を思い出した。

 ワムは、国王を守る義務はあるが、国を守る義務はないと話したと、言っていたのだ。



「兄貴とは犬猿の仲の、宰相に働きかけた方が良いかも知れない」


 ベスタフは、思い出したように手を叩いた。



「マサンから、ワムを頼るように言われたけど、ベスタフの言う通り、ここは逃げた方が良いな! 取り敢えず、メディアのいる亜空間へ行こう」



「ダンジョンの中で言ってた、君を振った元恋人の亜空間か?」



「違うよ。 マサンが、新たに造った亜空間があるんだ!」

 

 ベスタフの話を聞き、シモンと仲が良さそうなビクトリアの姿を思い出して、俺の中の何かが疼いた。凄く嫌な気持ちになった。



「マサン殿が亜空間を造った? それは凄い!。 じゃあ、直ぐに、ここを離れよう。 ところで、お金を貸してくれないか?」



「何で、こんな時に?」


 俺は、場違いな提案に、訝しんでベスタフを見た。



「兄貴に、ポーチを取り上げられてるんだ。 逃げないように身体一つの状態で軟禁されてる。 兄貴が届けた食材を食べて、生きているのさ。 今のところ、ペットのように飼われている。 逃げるための金も無い」



「そうだったのか …。 分かった」


 ベスタフが、哀れになった。

 彼に10万シーブルを貸した後、2人は急いでアパートを出た。


 そして、通りで魔石車に乗り、ベスタフが知る空間移動ポイントを目指すのだった。

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