第77話 逃れた果てに(ベスタフ主観)

 俺は、ワムに支配されている。だから、彼が心底恐ろしかった。


 イース達が、このアパートに居ない事が分かると、ワムから酷い拷問を受けるだろう。

 黒魔術による拷問の事を考えると、身体が震え出す。


 それに、ワムが黒魔術に手を出している事を、イースに話してしまった。

 その事を知られると、彼に殺されるかも知れない。


 昔は、本当の兄のように慕っていたのに、彼は変わってしまった。


 それに、イースの事も心配だ。

 いくら実力があると言っても、ワムに勝てる訳がない。


 俺はイースより18歳も年上なのに、何の力にもなれない。

 せめて、マサンが居てくれたらと、ありもしない事を願ってしまう。



 兄弟の様に想っていたワムが、あんなに変貌していたとは、夢にも思わなかった。


 ワムを訪ねた事を、深く後悔していた …。



◇◇◇



 俺は、タント王国の孤児院で育った。

 そして、ここを訪ねて来たワムと、6歳の時に出会った。

 彼は、18歳の若い冒険者で、口数が少ない誠実そうな人だった。

 仕事の合間を見て来るようで、滞在時間は短かった。

 いつも大量のお菓子を配っていたから、子ども達の人気は絶大だった。

 当然、俺も、彼が大好きだった。


 後から知ったのだが、ワムも孤児だったらしく、時間を見つけては孤児院を巡り、子供たちに施しをしていた。

 彼は、本当に優しい人だった。



 ある時の事、ワムが俺に木剣を渡して、振って見ろと言った。

 俺が、遊びのような感覚でガムシャラに振っていると、彼は、凄く感心したような顔で見入っていた。


 それからは、ここに来る度に、俺に剣と魔法の手解きをするようになった。

 

 そんな日々が続き、1年後、ワムが一人の男性を連れて来た。



「師匠、この子がベスタフです。 剣と魔法の才があると思い、未熟な私ではありますが、できる範囲で教え込みました。 師匠の眼鏡に叶うなら、次なる弟子として育てて、いただけないでしょうか?」


 ワムは、真剣な眼差しで、男性に話した。



「魔力や陽気は人並み以上だが、求める素質には程遠い …。 残念だが、弟子には取れない」



「そうですか …」


 ワムは、残念そうに小さな声で答えた。


 俺は、何の話をしているか分からなかった。



 ワムは、それからも俺を訪ね、変わらずに剣と魔法を教えてくれた。

 また、彼は読書好きなのか、魔道書という本を読んで聞かせてくれた。


 だから、9歳の頃には、普通の剣士や魔法使いと互角に渡り合えるほどに強くなっていた。

 ワムを尊敬していたし、彼も、俺の事を弟のように可愛がってくれた。

 歳は離れていたが、本当の兄弟のように親密になっていった。



 しかし、ワムとの別れは突然訪れた。

 10歳になった頃から、ワムは孤児院に来なくなった。俺は、寂しくて、彼を思い出す度に泣いていた。



 ワムが来なくなってから、3年が経ち、俺は13歳になった。

 そんなある日の事、昔、ワムが連れて来た男性が、孤児院を訪ねて来た。



「大きくなったね。 ワムが君を訪ね稽古を付けていた事を知っていたが …。 彼が、突然、来なくなって悪かったね。 だからお詫びに来たんだ。 君さえ良かったら、私と一緒に暮らさないか?」



「えっ、自分とですか?」


 俺は、突然の申し出に驚いてしまったが、正直なところ、孤児院を出られる事が嬉しかった。

 だから、二つ返事で、申し出を受け入れた。



「でも …。 兄貴は、どこに行ったんですか?」



「違う国に行って、仕官したんだ。 鳥が巣立つようなものさ …」


 男性の表情が、少し暗くなったように見えた。



 その後、俺は、男性に引き取られ、充実した日々を過ごした。


 ワムと同じように、男性から剣と魔法を学んだ。


 彼は、名前をジャームと言った。


 そして、数年後の事であるが、彼は国の守護者で、世界的に有名な、伝説の魔道士ジャームだと知った。


 俺は、彼から剣と魔法を必死に学んだが、ジャームやワムのレベルには至らなかった。

 だから、ジャームは、俺の事を弟子とは呼ばなかった。


 18歳になると、ジャームの口利きで、ダンジョンの街のギルドで働く事になった。また、最初の頃は、冒険者としても活動した。

 ワムと同じように、巣立ちしたのだ。


 その後、必死に努力して、33歳の時に、頂点のギルド長に昇りつめた。


 しかし、その5年後、栄華は突然に奪われた。


 ベルナ王国のナーシャと魔道士マサンとのトラブルに巻き込まれ、ギルドを逃げざるを得なくなったのだ。


 腕が立つマサンとイースに助けられ、何とか無事に逃げる事ができた。

 普通なら命を落とした事だろう。だから、2人には深く感謝している。


 俺は、その後、祖国のタント王国に戻った。

 しかし、世話になったジャームは、すでに他界しており、誰も頼れる者はいなかった。


 この国は、ジャームが亡くなった今でも、彼の永久結界に守られて、他からの侵略がなかった。

 このため、様々な産業が発展し、製品を多くの国に輸出し、工業立国として潤っていた。

 その技術力を活かし、マイドナンバーカードによって国民に様々なサービスを提供していた。

 しかし、このカードが俺の障壁となった。厳しい審査があり、簡単には通らなかったのだ。

 カードが無ければ、職を得られない、また、様々なサービスを受けられない、国民として認めてもらえないのだ。

 

 俺は、この国を長く離れた事により、祖国での居場所を失ってしまった。


 そのような中、俺はワムの事を思い出していた。

 10歳の時に別れて以来、俺は、常に彼の事を気にしていた。

 控えめで優しく、人への気遣いができる彼を尊敬していた。


 寂しさもあり、無理とは思いながらも、魔法の水晶で呼びかけて見た。


 そしたら、俺の呼びかけに気づいて、ワムが返事をくれた。

 俺からの連絡を喜び、直ぐに、サイヤ王国に来るように言われた。

 救われたような気がして、凄く、嬉しかった。


 俺は、タント王国を逃げるように出国し、サイヤ王国に向かった。


 そして、夢にも見た、ワムとの再会を果たしたのだ。


 

「よく来たな、ベスタフ。 28年振りだ。 我は、白黒併せ持つ魔道士に昇華したぞ。 だから、我の手足となって働ける事を名誉に思うのだ」


 ワムを見て、その変わりように驚いてしまった。

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