第76話 恐れるベスタフ

 俺が何か言おうとすると、ベスタフは、それを制した。

 そして、俺の手を握って、何度も頭を下げる。謝罪されるような心当たりは無いのだが、凄く申し訳なさそうにする。



「なんで、謝ってるんだ? ベスタフは、何も悪くないだろ。 それとも、俺に何かしたのか?」



「兄貴が、イースとメディアにした仕打ちに対して謝罪してるんだ。 なあ、頼むから、メディアを、ここに連れて来て、イースと一緒に住んでくれ! そうしないと、俺は …」


 ベスタフは、何かを言おうとして、慌てて口を噤んだ。

 


「その続きを聞かせてくれ。 ワムに、いったい何をされるんだ?」


 ワムを恐れるベスタフの態度に、俺は、違和感を感じた。

 何か、隠しているように思えたのだ。



「凄く言いづらいんだが …。 それを話したら、俺の言う事を聞いてくれるか?」


 ベスタフは、何かを覚悟したように言うが、俺は、その態度が大袈裟に思えた。



「約束はできない …。 でも、言わないなら、ここを出て行くまでだ。 しかし、ワムの事を兄弟のように思っているなら、なぜ、そんなに恐れる必要があるんだ?」



「分かったよ …。 その事も含めて話すよ …」


 ベスタフは、自分に言い聞かせるように頷くと、重い口を開いた。



「兄貴の話をする前に、まずは、伝説の魔道士ジャームの事を話さなければならない。 ところで、イースはジャームの弟子と言ったが、彼の事を、どのくらい知ってるんだ?」


 ベスタフは、俺がジャームの弟子だと言う事を、まだ、疑っているようだ。

 まあ、死者から学んだなんて、信じない方が普通だろう。

 俺が、ベスタフの立場なら、同じように信じない、無理もない事だと思った。



「俺は、死者となった師匠より教わったから、生前の事は知らない。 逆に教えてほしい」


 俺の話を聞いて、ベスタフは怪訝な顔をした。



「なあ、本当は …。 イースは、ジャームではなく、マサン殿の弟子なんだろ。 死者に教えを受けるなんて信じられない。 正直に言いなよ」



「俺の言う事が信じられないなら、直ぐに、ここを出て行く! 信頼できない人の話を聞いても、仕方ないからな!」


 俺は、本気で腹が立ち、大声を出してしまった。



「待て! 分かった、言うよ …。 ジャームは、タント王国の守護者として、国王も一目置く存在だった。 冒険者時代に、ダンジョンの最下層まで制覇するような凄い人だったんだ。 ジャームの話によれば、最下層は、なんと、地下543階層との事だ。 こんなに潜れる冒険者は、現在でも居ない。 イースもダンジョンを経験したから、その凄さは分かるだろ。 ジャームは、ダンジョンの最下層から、魔王が造ったと言われる古代魔道具を持ち帰った。 こんな力のある魔道士だったから、国に結界を張り巡らせただけで、あらゆる敵の侵入を防ぐ事ができたんだ。 亡くなった今でも、ジャームが張った結界が活きてる。 だから、タント王国だけは、戦争と無縁でいられるんだ」


 ベスタフは、祖国の自慢をするかのように、ジャームの事を語った。



「師匠の、その話が、ワムと関係があるのか?」


 俺の知らない師匠を語るベスタフを見て、なぜか腹が立って来た。



「そう、急かすなよ …。 イースは、黒魔術の事を、どれだけ知ってる?」



「黒魔術って、なんだ?」



「マサンは魔道書を持ってるはずだが、見せて貰った事はないのか?」



「なんで、そこで魔道書が出てくるんだ?」



「魔道書を見ると、魔力の成り立ちのところに黒魔術の記載がある。 魔道書は、魔王が書いたとされる貴重な書物なんだ。 ジャームがダンジョンの最下層から持ち帰った。 世界に2冊しかなく、ジャームは、兄貴とマサン殿に一冊ずつ与えた。 聞いてなかったのか?」



「魔道書は知ってるが、その行方までは知らない …」


 マサンの一冊を俺が貰ったが、ワムに取り上げられると思い言わなかった。



「そうか。 でも、気にする事はないさ。 ところで、イースは、古代魔道具を知ってるか?」



「『感情の鎖』とか …。 あっ、至高の魔道具と呼ばれる魔法のマントもそうだよな …」



「今、言った以外に、イースが持ってる長剣もそうだ。 それに、魔道書も、古代魔道具だ。 これらは全て、魔王が造った物で、ジャームがダンジョンの最下層から持ち帰った」



「魔道書は、そんなに貴重な物だったのか! それで、黒魔術の話は、どうなった?」


 魔道書が貴重な物だと知って、驚くとともに、俺が持っている事がバレるのを恐れ、急いで話を切り替えた。



「じゃあ、説明するよ。 魔道書に書かれている事だが …。 正の魔力、つまり神の領域の魔法を白魔術、負の魔力、つまり魔神の領域の魔法を黒魔術と言うんだ。 通常、白魔術は人が使い、黒魔術は魔族が使う。 人が黒魔術に手を出すと、極めれば極めるほどに人間性が失われる。 反対に、魔族が、白魔術に手を出すと、極めれば極めるほどに魔性が失われるんだ。 恐ろしい事に、兄貴は黒魔術に手を出して、人間性を失ってしまった。 昔の兄貴と今の兄貴は、全くの別人なんだ。 機嫌を損ねたら、黒魔術で拷問される。 だから、心底、恐ろしい …」


 ベスタフは、恐れながらも、酷く悲しそうな顔をした。

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