第80話 傭兵の提案

「全ての社員に連絡する! 至急、社長室に来なさい!」


 アモーンは、突然、俺とベスタフを無視するかのように、声を張り上げた。

 魔力を乗せているのか、聞こえるというより、心に響く感じがする。



 その直後、社員全員が、3階に駆け上がって来た。

 


「社長、どうされました?」


 年配の男が心配そうに、アモーンに問いかける。



「これから、ヤバい奴が来る! 全員、直ぐに、その窓に飛び込め! 但し、会社を辞めて、サイヤ王国に残りたい者は、この社屋から離れろ!」


 ふと、窓を見ると、冬の山村の景色が変わり、広めの部屋が見える。


 アモーンが話すと、全員が窓の方に向かった。

 すると、いつの間にか、窓の外の部屋に、皆が立っていた。

 社員達は、不安そうな表情を浮かべ、こちらを見ている。



「さあ、私達も行くよ! だけど、その前に、間抜けなベスタフに引っ掛かっている糸を切る!」


 アモーンは彼に近づくと、おもむろに赤い鋏を出して、頭の上にかざし、何かを切るような仕草をした。



「さあ、切ったから、2人とも、直ぐに、あの窓に飛び込むんだ!」


 アモーンに身体を押されると、俺とベスタフは、いつの間にか、窓の外の部屋に立っていた。


 この部屋の窓からは、先ほど居た社長室が見え、そこには、アモーンが立っているが、次の瞬間、彼女は、こちらの窓に飛び込んで来た。


 そして、いつの間にか、アモーンが俺の前に立っている。



「さあ、直ぐに切り替えなくちゃ!」


 言うが早いか、アモーンは、何やら呪文を唱え始めた。


 その直後、窓の外に、中肉中背で、精悍な顔つきに、口髭を生やした男が現れた。

 目は、赤く爛々と輝いている。


 その男は、ワムだった。


 あまりの恐ろしい光景に、ベスタフは堪らず下を向いてしまった。


 しかし、アモーンは気にする事なく、呪文を唱え続けている。

 次第に、窓の外の景色が白くなり、いつの間にか、港町の景色に変わった。



「皆んな、下の事務所に行って、支社の業務に加わるんだ!」 


 アモーンが言うと、社員全員が、部屋を出て行った。

 彼らは、ザワつきながらも、迅速に行動している。


 あまりの事に、俺とベスタフは放心していたが、彼女の叫ぶような怒声を聞いて、正気に戻った。



「なあ! 覚悟はできているだろうな! ベスタフに10億シーブル、若いのに7万シーブルを請求する!」



「エッ、いきなり何だよ?」


 ベスタフは、大声を出して抗議した。



「ベスタフが、ワムが仕掛けた糸を持って来たから、サイヤ王国で事業ができなくなった。 それに、若いのは、冬の山村から引き戻してやっただろ。 当然の対価さ」


 深く被った帽子で表情は見えないが、アモーンの口元は怒りで震えていた。



「待ってくれ。 ギルド長の頃と違い、今の俺には10億シーブルなんて無理だ」


 ベスタフは、手を合わせて懇願したが、アモーンの様子は変わらない。



「じゃあ、ここで働くんだな。 10億シーブルだから、一生奉公だ。 若いのは、どうする?」



「7万シーブルなら払えるが …。 でも、ベスタフは、何とか、ならないのか?」



「ならないね。 でも …」



「何か、方法があるのか?」


 ベスタフが、大きな声を上げた。



「若いおまえ! マサンの弟子のイースだろ。 それなら、方法があるかも知れないぞ!」


 アモーンの笑った口元には、白い歯が垣間見える。


 

「何で、俺がイースだと思うんだ?」



「ピンクレッドの髪に深緑の目をした男で、ベスタフと此処に来た。 ダンジョンの街で一緒に逃げたんだろ。 しかも、魔道士のマサンもな …。 手配書が回っているのさ。 マサンと、おまえは、有名人なんだ」



「どこからの手配書なんだ?」



「本当の事を言うと …。 探しているのは魔道士のマサンなんだが、私は、その弟子のおまえにも興味があるのさ。 手配書を出したのは、情報相のバフムだ」



「じゃあ、ワムから逃げられても、情報相から追われるのか? サイヤ王国から、早く離れたい」


 ベスタフが、大きな声を出した。



「安心しな。 ここは最南端の大陸にある、エジプサン共和国だ。 魔石を動力とする飛行艇で2ヶ月はかかる距離だ」



「そんな遠くの国に …。 アモーンの移動魔法なのか?」


 ベスタフは、信じられないような顔をした。



「私が空間を操る力は誰にも負けない。 ベルナ王国のビクトリアにだってな。 これでもSSSランクだぞ!」


 アモーンは、笑ってベスタフを見た。



「それで、10億シーブルの支払いと俺に、どんな関係があるんだ?」



「イースには、アモーン商会所属の傭兵になってもらう。 契約金は10億シーブルだ!」


 アモーンは、声を高らかに上げて笑った。




◇◇◇



 ところ変わり、ベルナ王国の、南部最前線での事である。

 司令官のビクトリアのテントに、部下のザナトス将軍が訪ねて来た。



「ビクトリア司令官、失礼致します」



「うむ、入りなさい」


 大きく頭を下げた後、ザナトスはテントの中に入ると、ビクトリアに促され、椅子に座った。

 彼女は、国都より帰還してから、覇気がなかった。

 そんなビクトリアを見て、ザナトスは心配していたのだが、どう対応して良いか分からずにいた。

 無骨な男に取って、若い女性の扱いは難しかったのだ。

 


「先ほど、軍本部から連絡がありまして、今夜、ガーラ参謀が来られる事になりました」



「ガーラ参謀が? 突然、どうしたのだ」



「恐らくは、最前線での聖兵配置について、指示を出したいのだと思います」



「まだ、予定数を確保できていない。 それに、徴兵枠の民間人に対する兵士としての教育も間に合っていないはず」

 

 ビクトリアは、訝しんだ表情をした。

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