第69話 決着

 フィアスは、深手を負い戦意を喪失していたが、フードを被る女性が放つ光にあたると、一瞬で傷口が塞がり回復した。

 それに加え、マサンの動きが緩慢になり隙だらけに見える。


 フィアスは、先ほどまでの絶望した様子が消え失せ、自信をみなぎらせている。



「後方支援をするから、マサンを倒すのよ!」



「任せろ!」


 フードを被る女性に言われ、フィアスはマサンに斬り掛かった。



ビーン



 フィアスの素早い動きと共に、剣が異音を発し、魔法の白い光が放たれる。



 ヒュン



 マサンの、緩慢に見えた動きが、フィアスが斬り込んだ瞬間に変化した。

 剣が激しく空を斬り、マサンは首の皮一枚で躱した。



「なあ、フィアスよ! グラン伯爵の件で重要な話があったのに …。 もう、言う必要もない! その女と手を組んで、なにを企んでる!」



「企むだと?  そもそも …」


 マサンは、フィアスが答えるのを待たず、一瞬でフードを被る女性に近づき、炎を吹く剣で斬りつけた。

 女性は、何とか避けたが、反動でフードが捲れ、顔が顕になってしまった。


 そこで、マサンは小さな水晶を放り投げ、空中で静止させた。



「やはり、ビクトリアか。 あんたは冷たくて薄情な人だと、イースから聞いたぞ!」


 声高にマサンが言うと、ビクトリアは、一瞬、動揺したようだが、直ぐに後方に飛び退くと同時に、数百の光の矢を放った。



 マサンが口角を上げると、一瞬で姿が消え、遙か後方にいるフィアスの身体を、真っ二つに切断した。

 物体と成り果てたのに、フィアスの顔は驚いていた。


 そんな状況を見て、ビクトリアは、心の底から恐怖を覚えた。



「魔法の攻撃が効かない。 でも、マサンにだけは、負ける訳に行かない …」


 ビクトリアは、思わず呟いた。


 そして、自分が考え得る最大限の魔法を仕掛けた。


 マサンに向けて小さな結界を、何重にも被せ、それを一気に大きくしたのだ。

 自分は、外の安全圏にいながら、中に閉じ込めた生物の命を意のままにできる。

 幾重にも重ねた結界は、この上なく強い。


 閉じ込められた生物に取って、ビクトリアは、神のような存在になったのである。


 彼女の結界は、直径が100mにも及ぶ巨大なものであった。

 その中には、マサンの他に、逃げ遅れた民間人が数名おり、出られない事に恐怖していた。



「直ぐに出してやるから」


 マサンが、周囲の人達を励ますように微笑むと、剣を振り上げて呪文を唱えた。



「フフ。 生意気にも、魔法を封じているわ」


 マサンは、一人で笑うと、ポーチから何やら取り出した。

 そして、手の平に小さな黄金色に光る粒を乗せて、そこに息を吹きかけた。

 すると、不思議な事に、小さな光の粒が回転を始めたかと思うと、マサンと逃げ遅れた人々を呑み込んだ。

 その中で、マサンが呪文を唱えると、今度は、光の粒が一気に膨れ上がり、直径が500mはあろうかと思う球体になった。



バーン



 激しい爆音と共に、ビクトリアの結界が破裂した。

 逃げ遅れた民間人達は、口々にマサンにお礼を言い、この場を立ち去って行った。



「なんで?」


 マサンが民間人を助けた光景を見て、ビクトリアは、自分の非を思い、ショックを受けた。

 また、完璧と思っていた結界を破られ、戦意を喪失した。


 とっ、その時である。



「ビクトリア! 最前線に戻ったと聞いたが、まだ居たのか? なら、後方支援を頼む!」


 振り向くと、そこにはダデン家の私兵組織の隊長である、ヤマトが立っていた。

 顔を見た事がある程度の知り合いであったが、ビクトリアは心底安堵した。


 しかし …。



「あなたでは勝てない! 来ないで!」

 

 冷静に考えて、マサンに勝てる訳がないと思い、ヤマトに退避を促した。


 そして、諦めた …。

 ビクトリアは負けを認め、死を覚悟した。



カキン



 ヤマトは、すでにマサンに斬りかかっていた。

 その速さに押され、マサンが後方に退いている。

 ビクトリアは、信じられず、大きく口を開けた。



「ビクトリア、援護を頼む!」


 ヤマトの言葉にハッとして、マサンを結界で包もうとしたが、すでに見破られており、内結界で弾かれてしまった。

 しかし、マサンが魔法を放出する時の、一瞬の隙をついて、ヤマトは剣を振るう。

 それを、マサンはギリギリのところで躱すが、ヤマトの空を斬った閃光が、瓦礫の山を、次々と切断して行った。



「あんた、凄い剣撃だね! 私以上かも …。 公園にいただろ。 名前は、何て言うんだい?」


 マサンは、嬉しそうに問いかけた。

 彼女は、自覚のない戦闘狂のようだ。



「おまえのような化け物に、名乗る義理はない!」


 ヤマトは、話しながらも剣の手を休めない。

 そして、ビクトリアも、自分が持てる全ての力を使い、魔法攻撃で後方支援をした。


 しかし、勝敗がつかない。

 持久戦のような、様相を呈したその時である。


 マサンは、剣を追加して二刀流となった。右の剣から炎が、左の剣から冷気が放たれる。

 両手で器用に回転させながら、物凄い速さでヤマトに近づき剣を交えた。



パキン



 何度か剣が当たったところで、ヤマトの剣が折れてしまった。

 最強の剣圧に、魔法による極端な温度変化を受け、ヤマトの剣は耐えられなかったのだ。



「くそう! やはり魔法剣士が上か。 俺の名前はヤマトだ。 さあ殺せ!」


 マサンは、無表情でヤマトの急所を蹴り飛ばした。



 勝敗が決したかと思われた、その時である。


 まだ、あどけなさが残る女性の騎士が現れた。

 よく見ると、遠くで、シモンが様子を伺っている。どうやら、彼が連れて来たようだ。



「あなたが、兄を誑かしたマサンか! 兄も最低の人間だけど、あなたも同じ。 絶対に許さない!」


 そう言うと、マサンに向かって斬り掛かった。



カキン



 女性騎士は、剣を弾かれて尻もちをついた



「あんたは、もしかして …」


 マサンは、優しく声を掛けた後に、困ったような顔をした。


 それに対し、女性騎士は、悔しそうに唇を噛んで、身体を震わせている。



「あんたの兄のイースは、何も悪い事をしてないよ。 心の優しい人なんだ。 信じてあげて …」


 マサンが、娘に話しかけた時、ほんの僅かな隙が生まれた。


 ビクトリアは、その瞬間を逃さなかった。

 彼女が、大きく円を描くように手をかざすと、不思議な光がマサンを包み込み、次第に姿が薄くなり、最後は消えて無くなってしまった。 



「あの化け物を、何とか追いやった」


 そう言うと、ビクトリアは力尽きて、その場に倒れてしまった。

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