第66話 苛立つ男
執事長のザーマンがいなくなると、シモンは、私兵組織の隊長であるヤマトを緊急招集した。
シモンは、いつになく苛立っていた。これまで陰で支えてくれた父親のグランが姿を消して不安になっているところに加え、国王を操る事ができる母親のメディアがいなくなり危機感を覚えていたのだ。
その上で、一刻も早く2人を見つけ出さねばならないと焦っていた。
「シモン! 突然の招集、どうした?」
声がする方を見ると、いつの間にか、ヤマトがシモンの前に立っていた。
彼は、中肉中背で、黒髪で目の色も黒、肌は、黄色みがかっていた。
ベルナ王国には、ほとんど見られない人種だった。
「ああ、ヤマト兄貴。 困った事になった」
口調を聞く限りでは、かなり親しげな様子だ。
ヤマトは、シモンより二つ上の28歳、ムートの騎士修習生のSクラスに在籍した天才だった。
今から12年前、グランはナーシャから彼の評判を聞き及び、魔法使いであるシモンの力を補う戦力として、ダデン家の私兵に、彼を引き入れたのだった。
ムートのSクラスの在籍ともなると、将来、国を背負うような逸材であるため、一介の貴族が私兵に引き入れる事など不可能であった。
しかしグランは、メディアにより国王を操り、ヤマトがムートを卒業する前に、ダデン家の私兵として引き入れる事に成功したのだ。
だから、ムートの騎士修習生に、Sクラスの逸材がいた事を知る者は、ほとんどいない。また、在籍記録を抹消したため、存在自体なかった事になっている。
彼には伯爵の爵位を与え、不平不満が出ないよう最大限の配慮をしていた。
最も、貧しい村の出身で孤児のヤマトに取っては、今の待遇に不平不満があろうはずもない。
また、シモンとは長い付き合いで、兄弟のように親しくなっていた。
「父上と母上が、姿を消した。 2人と一緒にイーシャという女中も姿を消したんだが、この女が関わっていると思う。 執事長のザーマンにも探すように指示をしたが、手に負えないだろう。 恐らくは、プレセアが絡んでいると思う」
シモンは、ヤマトの目を見据えた。
「だとすると、カマンベールか? いっその事、奴を消すか!」
ヤマトは口角を上げ、目を輝かせた。
「さすがに、カマンベールを消すのはまずい。 国の重鎮連中が黙っちゃいないからな」
「国王を動かせよ。 シモンの味方なんだろ!」
「そうも行かない。 僕でも上手く行かない事もあるんだ」
シモンは、沈んだ声で答えた。
さすがに、母親のメディアが国王を操れる事は言ってなかった。
また、『感情の鎖』の事も、正義感の強いヤマトには秘密にしていた。
シモンは、卑劣な事をしている自覚はあるが、ヤマトにだけは知られたくなかったのだ。
「シモンは宰相として、国王との信頼関係が深いと思っていたのだが、難しいな …」
ヤマトは、少し複雑な表情をした。
「ザーマンには傭兵を雇ってプレセアを殲滅せよと伝えたが、場合によっては、彼を配下に置いて動いてくれ。 頼れるのは、ヤマト兄貴しかいないんだ …」
「分かったが、もっと詳しく状況を聞かせろ!」
ヤマトに言われ、シモンは昨夜からの状況を詳しく伝えた。
ヤマトはシモンの話を聞いてから、直ぐにダデン家に向かった。
そして、ザーマンから、イーシャの知り合いのソニンが逃げた事を聞かされた。
足取りを追うために、部下の女性の魔法使いを呼び寄せて調べさせた。
グランとメディアとイーシャの足取りは、屋敷の中で途絶えており分からなかった。
それは、当然の事である。魔法のマントで透明になると、気配さえ消えてしまうのだ。
しかし、ソニンの気配は残っていた。その気配を辿って行くと、街の外れにある公園に辿り着いた。
遠くに目を凝らすと、2人の女性が立ち話しているのが見えた。
そこで、部下の魔法使いは耳打ちした。
「背の低い方がソニンです。 あの背の高い方は、得体の知れない気配があります。 嫌な感じがします」
「ああ。 俺も、背の高い女から、物凄い高魔力を感じる。 倒せるだろうか?」
「隊長、変な事を言わないでください」
部下の魔法使いは、厳しい表情でヤマトを見据えた。
◇◇◇
同じ公園で、マサンもヤマトの大きな陽気を感じており、注意を払っていた。
しかし、フィアスの気配はない。
「なあ、ソニン。 ここに、誰と来たんだ?」
「なぜ、私の名前を …」
ソニンは、少し驚いたような顔をしたが、フィアスの事を聞かれると思い、直ぐに押し黙った。
「あんたが、ダデン家に潜入してたソニンだろ。 何か、トラブルに巻き込まれて逃げて来たのか?」
マサンが、覗き込むとソニンは嫌な顔をした。
「イーシャが、グランとメディアを拉致したんだろ。 まさか、グランの寝首を掻いたのか? マサンは、プレセアのメンバーなんだから、状況を説明しろ!」
「イーシャの事は知らない。 それより、協力してダデン家を潰そう。 あんたの上役に取り次いどくれ」
マサンが、目の奥を覗き込むように見ると、ソニンは、不思議な事に身体が硬直し、魚のようにピチピチと跳ねだした。
「奴は、どう反応するかな?」
マサンは、ヤマトのいる方向を睨みつけた。
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