第64話 メディアの覚悟
シモンが強く問いただすと、ザーマンは震える声で説明を始めた。
「ことの発端は、女中のソニンが、凄く可愛い娘と歩いているところを、下男が見かけた事なんです。 その下男が執事に話すと、可愛い娘の噂が瞬く間に広まり、その話しが独り歩きして、私の耳に入って来ました。 それで …。 普段から旦那様に …」
ザーマンは、言い辛そうに視線を下に向けた。
「なんだ、早く言え!」
「はあ …。 実は、旦那様に言われて、頻繁に若い娘をあてがっていたものですから、その女を雇い入れろと執事に厳命したんです」
ザーマンは、申し訳なさそうな顔をしてシモンの顔色を伺った。
「それで?」
父親の醜態を聞いても怒らない様子を見て、ザーマンは安堵した。
そして、さらに続けた。
「ソニンの話では、女は貧しい村の出身と聞いたんで、多少多めの給金を払う事を条件にしたら、喜んで飛びついて来ました。 その女は、イーシャという名前を聞いただけで、実際に会った事はなかったんですが、初めて見た時に想像以上の美貌だったから、面食いな旦那様に褒められると思い、大いに喜んでいたんです。 ところが、雇った翌朝に、旦那様と奥様が姿を消して、おまけに、イーシャまでいなくなってしまいました。 まさに、天国から地獄に落とされた気分です」
ザーマンが説明すると、シモンは、少し口角を上げた。
「イーシャか …。 確かに、凄く綺麗な娘だったよな。 だけど、美しい花には棘があるの典型例だよね。 なあ、ザーマン。 もし、父上と母上が戻らなかったら、どう、責任を取るんだい? 僕は、宰相として宮廷に住んでるから、家の事はザーマンに任せてるんだよね。 いなくなった3人の行方を調べてよ。 それと、カマンベールの動きもね。 あいつには、プレセアって言ったかな …。 変てこりんな組織が、纏わりついてるだろ。 傭兵を雇って、叩き潰しちゃいなよ。 でないと、僕は我慢できなくなっちゃう。 あっ、それから、ソニンは捕まえておいてよね。 僕が、厳しく尋問するからさ」
ハイテンションに楽しげに話すシモンを見て、ザーマンは心底恐ろしくなった。
「分かりました。 早速、対処します」
頭を下げたザーマンの額から、汗がしたたり落ちた。
◇◇◇
その頃、俺は、宿屋の一室を借りて、マサン達と落ち合っていた。
マサンの回復魔法が功を奏し、メディアはだいぶ落ち着いたようで、話せるようになっていた。
自分の事を的確に話す彼女を見ると、元々は、聡明で頭の良い女性のようだ。
『感情の鎖』により隷属された人間は、自分の意志など無いが、魔法が解けると、全ての記憶が蘇るようだ。だからメディアの心には、グランに対し激しい憎しみが沸き上がっていた。
また、メディアは魔道書を読んでいたから、『感情の鎖』の事を理解しており、国王のベネディクトに、自分が掛けた事も分かっていた。
また、『感情の鎖』が解けた事で、グランが死んだ事を察しており、俺が討ち果たしたと伝えると、手を取って感謝された。
そんなメディアを見て、マサンは優しく声をかけた。
同じ女性として、何か思うところがあったのだろう。
「メディアは、これからどうしたい?」
「私は、精神を操られて、この国へ来たけど、辛い思い出しかない。 だから、直ぐにでも、この国を出たい。 それから、ダデン家を潰してやりたい。 でもね、それよりも …。 一刻も早くワムに逢いたい」
熟女が、少女のように大きな声で泣きだした。
「分かった。 ワムのところに連れて行ってやる。 だが、その前にやる事があるぞ。 それは、メディアにしかできない事だ」
マサンは、メディアと俺を交互に見た。
「私は、何をすれば良いの?」
メディアは、心配そうにマサンに聞いた。
「まずは、国王を操って、シモン宰相を罷免し、カマンベールを宰相に戻す。 その上で、カマンベールにダデン家を潰すように命令する。『感情の鎖』の力なら、かなり離れた場所からでも、国王を操れるハズだ。 ダデン家を潰せば、ワムへの手土産になるぞ!」
「スケベなベネディクトを操るのね。 やって見るわ!」
メディアの目が輝いて、生気が戻ってきたようだ。
「国王は、スケベなのか?」
「鼻の下を伸ばして近づいて来たから、簡単に『感情の鎖』を掛ける事ができたわ。 隷属されてたとはいえ、私は最低の事をしてしまった」
メディアは、思い出したようで落ち込んだ様子だ。
「落胆するな。 国王を操れる事が、我々の切り札になってる!」
「そうよね」
メディアは、小さく呟いた。
「だが、一つだけ気になる事がある。 それは、あなたの息子であるシモンの扱いだ。 彼は、私利私欲のために、多くの人々を犠牲にして来た。 そこにいるイーシャも被害者だ。 シモンには、この世から消えてもらう」
マサンが、射抜くような目でメディアを見ると、彼女は申し訳なさそうに話し始めた。
「隷属してるからと安心して、グランとシモンは、私に悪事を隠す事もなく、堂々と話していたわ。 シモンはグランに似て、最悪の性格に育ってしまった。 私が産んだ子には間違いないけど …。 被害にあった人達を止める権利は、私にはない」
メディアの声は、少し震えていた。
「その覚悟があるなら、あなたを私達の仲間として認めよう」
マサンは、メディアを見据えた後、俺を見た。
「カマンベールとの話が必要だけど、フィアスを呼ぶの?」
俺の脳裏に、フィアスの、ニヤけたような、ふざけたような顔が浮かんだ。
「いや。 フィアスは、信用のならない男だから呼ばない。 私が出向いて話をつける」
マサンから、フィアスが信用ならないと聞かされて、意外に思った。
「この宿にいると見つかってしまう。 だから、これからここを出て、空間移動ポイントに向かう。 中に亜空間を作ってアジトにするぞ」
マサンは、事も無げに言い放った。
その後、俺たちは透明になり、空間移動ポイントとなる、ムートの「魔法の門」を目指した。
宰相の身内が行方不明になったからといって、世間的には何も変わらない。いつもと同じ日常が繰り広げられている。
ムートの風景もいつもと変わらなかった。あの建物のどこかに、妹のヤーナがいると思うと、顔を見たい衝動にかられる …。
俺は、全ての思いを断ち切り、「魔法の門」の前に立った。
そして、足を踏み入れた。
そこには、相変わらずの一本道が見える。
最初に入った時の恐怖は消え失せ、逆に、安心感のようなものを感じていた。
成長したのだろうか?
それとも、人の心を失ったのだろうか?
自分でも、その変化に驚いていた。
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