第63話 行方知れず

 グランを斬り捨てた寝室で、俺は、彼の遺体を見下ろしていた。

 あれだけ威厳のあった男が、今は、ただの物体に過ぎない。自分が手を下したのに、実感が湧かなかった。


 ダンジョンの街で、初めて人を斬った時のような戸惑いや罪悪感は一切なかった。

 案外、俺の心は壊れているのかもしれない。



「何を、ボーッとしてるんだい! この肉の塊を片付けるぞ」


 いつの間にか、マサンが姿を現し、背後から俺の肩を叩いた。

 そして、ポーチから、白い大きな布を取り出すと、グランの遺体の上に被せた。

 すると、不思議なことに、布がグランの遺体を包み込んだと思ったら、風船が萎むように小さくなり、握りこぶしほどの大きさの球体になってしまった。


 マサンは、何食わぬ顔で、その球体を掴むと、ポイッとポーチの中に放り込んだ。

 床を見ると、血痕は跡形もなく、まるで掃除したかのように綺麗になっている。



「さあ、メディアのところに行くよ。 あんたはイーシャになって、潜入しているソニンに、居場所を聞きな! それから、グランを殺った事を彼女に話すんじゃないよ」



「分かった」


 マサンの態度に圧倒され、一言、返すのがやっとだった。



「透明になって追っかけるから、先に行きな!」


 言うが早いか、マサンの姿は消えていた。

 俺は、イーシャになって寝室を出ると、ソニンを探すために、まずは晩餐会場に向かった。


 会場では、多くの女中が、片付けやら掃除やら、せわしなく動いていたが、その中にソニンがいた。

 静かに近づき、彼女の肩を叩くと、直ぐに何かを察したようで、人目を避けるようにして持ち場を離れた。



「グランと寝所を共にしているはずだけど、何かあったの?」


 ソニンは、訝し気に、小声で尋ねてきた。



「グランは一人で寝ているわ。 メディアに話があるんだけど、案内してほしいの」


 俺が真剣な表情をすると、彼女は何も言わず頷き、急ぎ、メディアの部屋に向かった。


 そして、2階に上がると、南側にある部屋の前で、立ち止まった。



「奥様 …。 いや、メディアはもう就寝してるから、グランでないと入れないわ。 扉を魔法で解錠できる?」


 ソニンは、少し難しそうな顔をした。



「問題ないわ。 あなたは、晩餐会場に直ぐに戻って良いわよ」


 俺が答えると、ソニンは尊敬の眼差しを向けた後、行ってしまった。


 一人残された俺は、問題ないと言っては見たが、解錠できるか自信が無かった。



カチャ


 いきなり、扉から音がした。透明のマサンが、解錠したようだ。

 

 俺は、静かに扉を開けて入った。


 中は、広々とした豪華な造りで、他の部屋に繋がる幾つもの扉があった。


 俺は、順番に扉を開けたが、誰もいない。そもそも、一人しかいないのに部屋が多すぎる。

 貴族の贅沢三昧な生活を思うと、いつものように腹が立ってきた。


 そして、最後の、5番目の扉を開けた時である。

 俺は、中の光景を見て、思わず目を疑った。


 そこには …。

 

 豪華なベットに上半身を起こし、涙とも鼻水とも取れる液体を垂れ流しながら、肩をワナワナと震わせる女性の姿があった。


 近づくと、うめき声が聞こえる。

 とにかく、不気味としか言いようのない状態だった。


 注意深く見ると、そこにいるのはメディアだった。

 美しい女性なのに、台無しである。



「こりゃダメだ」


 いきなり、マサンが姿を現すと、メディアの額に手の平を当てた。

 すると、うめき声がやみ、ただの放心状態になった。


「さあ、彼女を連れ出すよ。 イースも、透明になりな」


 そう言うと、マサンはメディアを立たせ、自分のマントの中に入れて透明になった。


 それを見て、俺も、屋敷を脱出するために透明になった。



「いつもの宿屋で、落ち合うからな」


 どこからか、マサンの声が聞こえた。



◇◇◇



 翌朝になり、ダデン家は大騒ぎになっていた。

 この家の主人であるグラン伯爵と、その奥方のメディアが、姿をくらましたのである。


 執事長のザーマンは、自室の扉に挟んであった書き置きを見て、盛んに首を傾げていた。

 

 その後、思い余って宮廷に出向き、宰相のシモンに面会を求めた。

 シモンは、宮廷の中に自室を与えられ、普段はそこで暮らしていた。


 ザーマンは、シモンの部屋に案内された。


 客間で待っていると、しばらくして、シモンが眠そうな顔をしてやってきた。

 


「朝から、いったいどうした? イーシャの事を、父上から聞いたんだろ。 ここに連れて来ても良いぞ!」


 シモンは、眠そうな目を擦って、自分の顔を軽く叩いた。



「いえ、違うんです。 今朝、起きたら、旦那様と奥様の姿がどこにも無く、私の部屋の扉に、書き置きが挟んでありました。 どうしたら良いかと、心配で …」


 ザーマンは、シモンに書き置きを手渡した。



「なになに …。 しばらく、メディアと旅に出るから探さないように。 何だ、こりゃ?」


 シモンは、書き置きを読むなり、裏返ったような声を出した。



「実は、女中のイーシャの姿も見えないのです。 何か、嫌な予感がします」


 ザーマンは、シモンの表情を覗き込むようにした後、静かに頷いた。



「バカな! 父上は上級魔法使いで、母上も冒険者だった。 しかも、屋敷内にいたのだぞ。 誰かに拉致されるとは考えられない。 まさか、カマンベールが …。 おい! イーシャを雇い入れた経緯を教えろ!」


 シモンは、ザーマンを睨みつけて声を荒げた。

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