第62話 走馬灯(グラン主観)
私を斬った青年を見た時、人生の終わりなのだと理解した。
そして、あのイーシャという美しい女性は、最初から存在してなかったのだと気づいた。
私は、誰からも恐れられる存在であったが、本当は、誰からも相手にされない存在でもあった。
今なら、良く分かる。
このような死に様は、私に取って相応しい。
だが、メディアが解放されるのだけは我慢がならない。彼女を、ワムにだけは渡したくなかった。
しかし、死にゆく身では、どうする事もできない。
◇◇◇
私は、ベルナ王国の中で名門と言われる伯爵家の、ダデン家に生まれた。
我が一族は、代々、上級魔法使いの家系で、過去に強力な魔法使いを何人も輩出している。
しかしながら、私の父は凡庸であった。だから、倅の私が高魔力の持ち主だと分かると、私は、一族の期待を一身に背負うようになった。
土、水、火の3つの魔法を使えたから、兄弟や、他の上級魔法使いの連中を圧倒した。
それで、若き国王であるベネディクトに目を掛けられ、親しい関係となった。
このような中、19歳になり、自分の力を試すため、ダンジョンの街に武者修行に出向いた。
しかし …。
そこで、初めての挫折を味わう事になる。
私の力を持ってすれば、ダンジョンの攻略など造作もない事で、そこから得られる魔道具や財宝を、いくらでも、自らの物にできると信じていた。
しかし、その考えは甘かった。
初めて入ったダンジョンのごく浅い場所で、道に迷い出られなくなったのだ。正直なところ、地下の何階にいるかさえ分からなかった。
魔物に囲まれ絶体絶命のところを、タント王国の魔道士に助けられた。
その男は、名前をジャームと言った。
彼は、魔法だけでなく剣も巧みに操り、剣から魔法攻撃もできた。
いわゆる、魔法剣士という奴だった。
私は、恥を忍んで、彼に弟子入りを申し出たが、他国の者は弟子に取らないと言われ、にべも無く断られてしまった。
そこで、ベネディクト国王に、魔法の水晶を介し相談した。
国王は、当時のギルド長を動かしてジャームにあたったが、結局、断られてしまった。
しかし、ギルド長は、その弟子のワムにアプローチしてくれた。
ワムは、メディアという幼馴染と、2人で冒険者をしていた。
ワムは気の弱そうな男子で、私より3歳下の16歳、メディアは同じく16歳で、美しく聡明な女子だった。
2人は、気が合うようで仲が良かったから、私の入る余地はなかった。
そこで、私は、気の弱そうなワムに、何回も頭を下げて、2人に食事をご馳走したり、資金面で援助したりした。
それが功を奏し、何とか仲間に入れてもらう事ができた。
正直、ワムは、ジャームの弟子とはいえ、強く見えなかったから、心の中でバカにしていた。
また、メディアには一目惚れしていたから、必ず、一緒になるのだと密かに心に誓っていた。
そんな、ある日の事、ダンジョン内で、想像を絶する敵に出会った。
それは、レッドドラゴンだった。
私は、メディアに良い所を見せるため、得意の氷結魔法で攻撃をしたが、奴が吐くブレスにより、氷結槍を一瞬で溶かされた。それどころか、長い尾を叩きつけられて、気を失ってしまった。
レッドドラゴンは、あらゆる魔法を弾き飛ばし、その分厚い皮膚は、どんな鋭利な剣でも刃が立たないと言われる、頂点のレベルにある魔獣だった。
だから、私が負けるのは、仕方のない事だった。
気がつくと、私は、岩場の片隅に寝かされており、命があった事に驚いた。メディアの回復魔法に命を救われたのだ。
しかし、それより驚いたのは、ワムの強さだった。私が気を失っている間に、一人で立ち向かい、あのレッドドラゴンを、あっさりと退治したのだ。
それからは、ワムに逆らわず、じっと堪えて過ごした。彼に恐怖すら感じた。
5年の歳月が経ち、私も鍛えられて、かなり強くなった。
また、ワムが持っていた魔道書を見せてもらい、魔法に関する知識も豊富になった。
しかし、強くなったと言っても、ワムの足元にも及ばない。
彼とは、次元が違い過ぎたのだ。
そんなある日、メディアの帰省に合わせ、タント王国に出向いた。
ワムは、師匠のジャームの所に泊まるというので、私もお世話になる事になった。
師匠のジャームは、旅に出て不在であったが、ワムは出入りを許されていたので、勝手に宿泊をした。
そこで、私はとんでもない魔道具を発見してしまった。倉庫の中の片隅に、ゴミのように置かれていたのだ。
それは、魔王が作ったとされる『感情の鎖』だった。
この単なる錆びついた汚い鎖が、『感情の鎖』だと誰が気づくだろう。魔道書を読み漁っていなければ、到底分かるはずがなかった。
私は、直ぐにそれを装着して、何食わぬ顔で、身体に溶け込ませた。
諦めていたメディアを自分のものにできると思うと、喜びに身体が震えた。
それからは、メディアと2人になる機会を作り、辛抱強くチャンスを伺った。
そして、ついにその時が来た。
飲み物に入れた薬が効いて、彼女は深く眠った。
興奮する手で、上半身を裸にすると直ぐに胸を合わせた。
彼女の乳房が自分の胸にあたり、この上ない興奮と共に、呪文を唱えた。
この時以降、メディアは私に隷属するようになった。感情を縛る凄まじい力に操られていた。
何でも、どんな事でも、当然のように自分に従った。
鎖を掛けた時から、1年の歳月を掛けて、少しずつ、彼女の心が私に向くような振りをさせ、それと同時に、少しずつ、ワムの心を絶望させて行った。
そして、ある日、私がベルナ王国に帰りメディアと結婚すると聞いて、突然、ワムは姿をくらましてしまった。
しかし、大好きな幼馴染が消えても、メディアは気にする事はなかった。
また、ワムも、大切な魔道書をメディアに預けたまま行ってしまったが、取り返しにくる事もなかった。
私は、最高の気分だった。
その後、メディアはシモンを産んだ。残念な事に、シモンは、私に輪をかけて卑劣な性格に育ってしまった。しかし、メディアに似て、容姿端麗で頭脳明晰であった。また、それに加え高魔力であったから、ダデン家の行く末を考え、シモンに『感情の鎖』と魔道書を預けた。
そして、極めつけは、サイヤ王国に最高待遇で迎え入れられた、ワムへの攻撃だった。
ベネディクト国王にメディアを抱かせ、彼女より『感情の鎖』を掛けさせた。そして、メディアを介しベネディクト国王を操り、ワムのいるサイヤ王国に侵攻させた。
メディアがキッカケとなり、ワムに刃を向けるのだ。
その事を知ったワムは、どんな顔をするだろう?
痛快で、仕方なかった。
全てが、私の思い通りだった。
全てが、上手く行っていたはずだった。
しかし …。
メディアが近くにいても苦悩の連続だった。常に、心が満たされる事はなかった。
隷属する彼女の心は、本心ではない。
他の女を抱いて、心の隙間を埋めても満たされない。
喪失感が強かったため、異性に対し『感情の鎖』を使えなかった。
いや、怖くて使えなかったのだ。
結局、私は、メディアへの叶わぬ愛と、ワムへの劣等感に、いつまでも苛まれていたのだ。
◇◇◇
ああ、くだらない人生が、走馬灯のように思い出される。
その刹那、全てが消え去り無に帰した。
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