第61話 斬撃

 シモンが部屋を出てしばらくすると、マサンが俺の手を引っ張った。

 そして、俺の分身を寝かせている寝室へと向かった。


 部屋の中に入ると、2人は透明の状態を解除した。すると、マントを被った姿が現れて、どこか間抜けに見える。

 俺が笑うと、なぜかマサンは、怒ったような顔をした。



「今夜、グランを暗殺するぞ!」


 マサンのドスの効いた声を聞くと、先ほどの緩んだ気持ちが一瞬で消え、俺の心に緊張が走った。



「2人がかりで殺るのか?」



「奴が、分身のイーシャに夢中になっている所を、背後から長剣で斬り伏せろ! 魔法使いは接近戦が苦手だから、造作もない事さ。 色気で油断させて、魔法を使わせる隙を与えるな!」


「ちなみに、グランは、どんな魔法を使うんだ?」



「氷結魔法が得意だと聞いた事がある。 でも、3傑の連中に比べたら、大した事はないさ」



「そうなのか? 相手は、上級魔法使いだぞ …」



「自分たちの限界を感じてムートを作ったのさ。 力が無い奴らだから心配はない。 それより、私は、万が一、グランが逃げた場合に備え、少し離れたところに待機している。 なあ、イース。 一人で、できるだろ!」



「ああ、分かった」


 マサンが戦闘モードに入ると、人が変わったように冷たくなる。

 ガーラと同じ臭いがするようで、正直、恐ろしい。


 マサンは、冷たい目で俺を見て、話を続けた。



「それから、奥方のメディアが正気に戻った時の事が気になる。 グランを倒したら、分身のイーシャを近づけて探りを入れろ」



「分かった。 やって見るよ …」


 俺は、身体がブルブルと震えだした。多分、これは武者震いだと思う …。

 ここまで来たら、やるしか無い。



「イース。 ところで、おまえの分身は何処に行ったんだ?」


 マサンに言われベッドを見ると、もぬけの空だった。



「すまない。 集中力が途切れてしまった …」


 俺は、再び、分身のイーシャを出現させてから、透明になった。

 ふと、マサンを見ると、すでに彼女の姿はどこにもなかった。



◇◇◇



 俺は、部屋の隅に立ち、ベッドに横たわる分身のイーシャに集中した。魔石からの魔力注入も行った。

 準備万端である。


 グランは、なかなか寝室に来なかった。


 俺は、練習のつもりで、分身のイーシャを起こし、こちらに笑顔を向けさせた。

 彼女は俺の分身なのに、美しい女性が、微笑みかけているようで、少し照れてしまう。

 自分の分身のイーシャに惚れそうで、不思議な感覚に陥った。



「イース。 あなたは強いわ。 自信を持って!」


 分身の口を開かせ、俺に向かって鼓舞させて見た。

 可愛い娘に励まされると、照れてしまう。


 こんな姿をマサンに見られたら、バカにされそうなので、直ぐに分身をベッドに寝かせた。



 その直後、寝室のドアを解錠する音が聞こえた。

 グランが入って来た。

 


「だれ?」


 俺は、分身に、わざと眠そうな顔をさせた。



「起こしてすまん。 執事長から聞いていると思うが、今夜は、私の相手をしてもらうぞ。 まずは、こちらに来なさい」


 そう言うと、グランはソファーに座り、手招きをした。


 彼は、明かりをつけると、隣の座面を手で叩いた。

 それを見て、俺は、分身をグランの隣に座らせた。

 


「今夜は長い。 私と話をしないか?」



「はい」



「イーシャは、年齢はいくつだ?」



「20歳です」



「そうか、若いな …。 私は、20歳の頃は、冒険者をしていたんだ。 最初、ソロでダンジョンに潜っていたが、さすがに危険すぎてな。 男女二人組ペアの仲間に入れてもらったんだ。 ダンジョンマスターなんて呼ばれて、名が知れたパーティだったんだぞ。 奥方とは、そこで出会ったんだ」



「奥様とは、晩餐会場で少し話しました」



「ああ、おまえと話すのを見ていたぞ」


 グランは、分身の肩を抱き寄せて続けた。



「冒険者時代の話だが、メディアは美しくて、周りの者が、皆、注目して困ったものだった。 イーシャのようにな」


 グランは、分身の腰のあたりを撫でた。

 俺は、気持ち悪くて仕方なかった。



「そう言えば、浴場に2人の若い女性がいましたが、旦那様の寵愛を受けていると言っていました。 今夜、お呼びにならないのですか?」



「寵愛などと、バカな …。 あの2人は、今夜は、晩餐会に来た客をもてなすのだ。 ここは、私と、おまえだけだ。 安心しなさい。 イーシャは、貧しい村の出身だと聞いたが、決して悪いようにしない。 ちなみに、さっきの2人は、子爵の娘なのだ。 あの女どもよりは良い待遇を与えるからな。 だから、これより、私に尽くすんだぞ」


 グランは、分身の肩を強く抱き寄せた。

 離れた場所にいると、他人事のように見えるが、気持ち悪さマックスだった。 


 俺は、グランを斬るタイミングを、注意深く伺っていた。



「イーシャ、そこに立って全裸になりなさい」



「エッ!」


 ここまで来て、驚く事ではないのだが、自然と声を発してしまった。

 俺は、分身を、わざとグランから離れたところに立たせた。

 そこで、一糸纏わぬ裸にして、奴に背を向けさせた。



「恥ずかしがりおって。 可愛い奴よ」


 グランは、分身の近くに来て裸身を見ようと正面に回り込んだ。

 その時に、一瞬背中が見えた。


 俺は、ポーチから長剣を取り出し構えると、彼の背中に向け、一気に刀を振り下ろした。



ザンッ!



 グランは、何が起きたのか分からなかった。

 目の前にいたイーシャの気配が消えたと思ったら、背中に激しい痛みを感じた。そして、振り返った瞬間、彼の目にマントを来た青年が映ったが、直ぐに全てが消え去った。

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