第60話 ダデン家の父子

 マサンは人懐っこい笑顔で分身のイーシャに話しかけたが、離れた所から見ると、関係のない他人が話しているように見えてしまうため、俺は透明の姿を解除した。



「マサン! こっちだよ」


 俺は、自分の姿を出現させたまま、分身をベッドに寝かせた。

 二つの身体を、器用に動かしている感じだ。



「すっかり違和感なく操ってるじゃないか! イースが、できる男で安心したよ。 魔石からの魔力チャージも順調か?」


 マサンは、感心したような顔をしている。まるで、子どもの成長を喜ぶ母親のようだ。



「ああ。 自分でも意外なんだけど、俺は、本番に強いタイプなんだと思う。 最初は、自信がなかったけど、結果的には、上手くやれてると思うんだ」


 いつになく自信に満ちた顔をすると、マサンは愉快そうに目を細めた。



「あまり、天狗になるなよ。 それより、分身を寝かせておいて、私達は、屋敷の散策に行くぞ!」



「散策?」



「スパイとしての役目を果たすのさ」


 マサンは、ウインクした後、続けた。



「あっ、それから …。 分身から離れるから、時々意識して制御下にある事を確認するんだぞ」



「ああ。 言ってる意味は分かるけど …」


 マサンに言われ、少し、不安になった。

 本体が分身から離れるほどに、遠隔操作の力が弱くなるため、これを補う魔力注入が必要となるのだ。

 つまり、より高度な技術が求められる。



「じゃあ、行くぞ!」


 マサンに言われ、手を繋いで透明になり、寝室を後にした。



 その後、晩餐会場に戻ると、酔った連中が大騒ぎしているのが見える。

 しかし、グランとシモン親子の姿がどこにもない。


 俺とマサンは、2人を探すために会場を出た。

 しかし、部屋の数が多すぎて、居場所が、さっぱり分からない。


 しばらく途方に暮れていると、突然、マサンが俺の手を引っ張って歩き出した。

 そして、厨房に入ると、そこで、何をするでもなく、料理人の姿を、ボーッと眺めていた。



「おい! 運んでくれ」


 料理人の威勢の良い声が、調理場に響き渡った。


 その声を聞いて、若い、女中が入って来て、ワゴンに料理を入れ始めた。



「旦那様の所に、お持ちするんだ!」



「はい、分かりました」


 女中が、ワゴンを押して、どこかに向かうのを、俺とマサンは、追いかけた。


 そして、女中は、東側の奥から2番目の部屋の前に立ち、ドアをノックして声をかけた。



「軽食をお持ちしました。 失礼いたします」



「入りなさい」


 グランの声を聞き、女中は部屋の中に入った。

 そして、テーブルに軽食を並べると、そそくさと出て行った。



 部屋の中には、グランとシモンの親子がいて、何やら密談をしている。

 俺とマサンは近くに立ち、2人の会話に聞き耳を立てた。


 魔法のマントの効果は絶大で、透明になっている限り、俺たちの存在に気づかないようだ。

 さすがに、至高の魔道具と言われるだけの事はある。



「なあ、シモン。 カマンベールの息の根を止めなければならんぞ。 でなければ、我が、ダデン家に未来はない。 奴の婦人を隷属させているのだから、彼女を使って何とかしろ!」



「実は、カマンベールは、婦人が裏切っている事を知ってるんです。 逆に、その事を利用されていて …。 だから …」


 シモンは、言いにくそうに黙った。



「だから、何だ?」



「あまり言いたくないのですが、『感情の鎖』を使って、隷属する女を増やそうと思うんです。 あのイーシャという女を、僕にまわしてくれませんか? カマンベールは、美しい女に目がないから …。 イーシャなら、奴を骨抜きにできるハズです」


 シモンが言いにくそうに話すと、グランは、露骨に不機嫌な顔をした。



「あの魔道具は …。 使い過ぎてはならんぞ! 鎖の効力が解けた時の混乱は凄まじいものがあるんだ。 乱用するなら返してもらう!」


 グランは、息子のシモンを叱りつけた。



「そうは言いますが …。 父上は、母上に鎖を使ったでしょ! そのせいで、僕は、母の愛情を知らない!」


 珍しく、シモンが声を荒げた。



「その理由は、言ってあるだろ。 おまえの母親に、私は本気で惚れているんだ。 だから、ジャームから『感情の鎖』を盗んだ。 この魔道具が無ければ、ワムの野郎にメディアを取られていた。 そうなれば、おまえが生まれる事も無かったんだぞ」



「それだけじゃ無いでしょ …。 ワムが憎いから、サイヤ王国に侵攻を開始した」


 シモンは、軽蔑の眼差しをグランに向けた。



「うるさい! 全て、ダデン家のためなんだ」


 グランが睨みつけると、シモンは悔しそうに唇を噛んだ。



「私は、ワムなんぞに負けん!」


 グランは、さらに声を荒げた。

 自分勝手な所は、似たもの親子だった。



「私はな …。 おまえの母親のメディアを純粋に愛しているんだ。 その証拠に、『感情の鎖』を使ったのは、メディアの時の一回だけだ」



「でも …。 父上は、母上に鎖を掛けて隷属した。 それを、愛なんて呼べない! それに、もっと卑劣な事を …。 母上を使ってベネディクト王に『感情の鎖』を掛けた。 父上は、間接的に国王を操ってる。 僕より、はるかに酷い事をしてる!」



「その通りだ。 それに私は …。 ダデン家のためとは言え、おまえの心を歪めてしまった …。 だがな、毒を喰らえば皿までだ。 修羅の道を歩むしかない」


 グランは、声を荒げシモンを睨みつけた。



「イーシャの事だが、お前に譲るが、今夜だけは、私が相手をする。 良いな」


 グランは、小さな声でポツリと言った。



「隷属している母上では、愛する気持ちを満たす事ができない。 だから、他の女で隙間を埋める。 その気持ちは分かります」



「ああ、その通りだ」


 グランは、覇気の無い声で答えた。



「今夜、イーシャを父上が抱いたら、その後は、僕がいただきます。 『感情の鎖』を掛けて、カマンベールを骨抜きにし、暗殺して見せます」



「ダデン家のために、必ず実行しろ!」


 グランが大きな声で威圧すると、シモンは無言で立ち上がり、部屋を出て行ってしまった。



「私は、この国を支配し、ワムに目に物を見せてやる! もはや、軌道修正はできない」


 一人残されたグランは、自分を鼓舞するように大きな声を発し、両手を強く握り締めた。

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