第59話 ビクトリアとの会話
俺は自分を透明にした上で、女性の分身を、離れた場所から操っているのだが、正直、かなり苦労していた。
分身を動かすには、大まかに言って二つの力が必要になる。
一つ目は、意思の力により離れた場所にいる分身を動かす、遠隔操作の力だ。
二つ目は、分身の視覚を通じて動かす、内部から制御する力だ。
この二つの力を上手く切り替えながら、周りに違和感を抱かせないように、分身を動かさねばならない。
最初のうちは、非常に苦労するが、自転車に乗るようなもので、ある程度慣れてくると、自然に上手くなるのだ。
俺はバレないように、分身をゆっくりと動かしていた。
そんな時に、ビクトリアは酔って焦点の定まらぬ目で、執事を見たかと思うと、分身の腕に抱きついてきた。
いきなりの事で驚いたが、それ以上に、彼女への嫌悪感が一気に上昇してしまい、その手を強く振り解いた。
そんな俺の態度に、彼女は、一瞬、驚いたような表情を見せたが、直ぐにまた酔った様子で絡み始めた。
「女性同士なんだから、仲良くしてよ …。 そうだ、この娘は、私が責任を持って会場に連れて行くから、任せてちょうだい!」
ビクトリアに言われ、執事は困ったような顔をしたが、結局、押し切られてしまい、この場を去った。
2人きりになると、彼女は、酔いが覚めたような真面目な顔で、俺に尋ねてきた。
「イーシャと言ったわね。 なぜ、この屋敷に来たの? もしかしたら、親に売られた?」
ビクトリアの真剣な眼差しに、俺は少し戸惑ったが、関わりたくない思いが強くなり、その善意を無視してしまった。
「売られて来たとして、それが何だって言うの?」
ビクトリアの懐かしい声を聞くほどに、腹が立って冷たくあしらってしまう。
彼女は、俺の事を、さぞかし変な娘だと思ったであろう。
「この屋敷から逃してあげる。 私と一緒に来るのよ。 当分の間、困らないように匿ってあげるからね」
そう言うと、ビクトリアは優しい笑顔を俺に向けた。
「私は、自分の意思でここに来ているの。 余計なお節介だわ。 あなた達、貴族には、私の気持ちなんか分からないわ!」
「私は貴族と言っても、本物じゃないわ。 ムートを卒業後、爵位を与えられたの。 元々は、魔法医の娘なのよ。 だから、貴族達の堕落した慣習なんて知らないし、軽蔑さえしてる」
ビクトリアは、俺を諭すように言った。
「なんで、私に親切にするの? あなた達は、平気で人を裏切ったりするんでしょ。 信用できない …」
俺は、ムキになって反発した。
「あなたには、私が知ってる人の面影があるの。 だから、放っておけなくて …」
ビクトリアは、少し悲しそうな顔をした。
「心配なの …」
最後に、ポツリと言った。
「さっきも言ったけど、私は自分の意思でここにいる。 勝手に心配してるようだけど、私を見下しているとしか思えない!」
ビクトリアが何を言おうが、俺には信じられなかった。以前、彼女に裏切られたトラウマは、想像以上に大きかったのだ。
結局、ビクトリアとはそこで別れ、各々で会場に向かった。
俺が会場に着くと、ビクトリアが皆に向かって挨拶をしていた。
ついさっきまで俺といたハズなのに、腑に落ちない。彼女は魔法使いなので、何か得体の知れない術を使ったのだと、自分を納得させた。
挨拶が終わると、ビクトリアは会場から出て行ってしまった。
俺が、何が起きたのかと思い不思議な顔をしていると、隣に座るメディアが俺に声を掛けてきた。
「ビクトリアも忙しいのね。 3傑として国民への啓発活動が終わったから、早速、前線に戻るんだって。 彼女は、サイヤ王国を打倒する切り札だから …。 仕方ないわね」
「さっきの挨拶は、その話だったんですか。 奥様。 私のような者に教えていただき、ありがとうございます」
分身の口から話すと、いつもより饒舌になっているような気がする。
イーシャとメディアが話すのを見て、グランは複雑な顔をしていたが、まさか、それを離れた場所から、透明の本体が観察しているとは夢にも思わないだろう。
それにしても、かなり多くの男達が、分身であるイーシャの事をチラチラと見ている。
そんな雰囲気に辟易としてしまい、俺は、会場から出るための理由を頭の中で探していた。
「旦那様、具合が悪いので休ませていただきたいのですが?」
「うむ。 先に休みなさい」
グランの一言で、先ほどの執事が来て、寝室に案内された。
俺は、会場から出る事に成功した。
そして、部屋の前に来ると執事から鍵を渡された。
「この部屋で、先に休んでいなさい。 それから、中に入ったら鍵を閉めなさい。 遅くに旦那様がいらしたら、心から尽くすのですよ」
執事は意味深に笑うと、どこかに行ってしまった。
部屋の中に入ると、かなり大きいベットがあり、奥には風呂とトイレが完備されている。とても豪華な作りの部屋で、外を眺めると月明かりに照らされ湖畔が見えた。とても良い景色だ。
但し、鉄格子がしてあり、外に逃げられないようになっている。
俺は、部屋の中から鍵をかけ、ベットの傍らに腰を掛けた。
「イース、調子はどうだ?」
女性の声がしたかと思うと、マサンが姿を現した。
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