第57話 思いがけない再会

 浴槽に入り、ぼんやりと周りを眺めていると、先に入った2名の女性がおもむろに立ち上がった。もちろん全裸である。

 若い女性の一糸まとわぬ裸体を見ても、なぜか興奮する事はなかった。

 魔法のマントを被って女性になると、男のスケベ心が消えるようだ。


 2人の女性は、再び俺を睨みつけて、何処かに行ってしまった。


 一人になると、心細くなってしまう。



「なあ、誰かさんは居ないのか?」


 マサンが透明の状態で近くに居ると思い声を掛けたが、返事はなかった。

 もしかすると、屋敷内に居ないのかも知れない。

 半ば諦めて、俺は、ため息を吐き、浴槽から出た。



「なんだい。 それにしても寂しがり屋だね …」



「マサン …。 居るのか?」


 嬉しさから、自然と声が漏れた。



「ずっと側に居たさ。 用心のため小声で喋るんだよ」


 姿は見えないが、確かにマサンが居る。

 安堵の気持ちが半端ない。



「さっき居た2人の女性だけど、今夜、グランと寝所を共にするんだと思う。 あんたも、一緒だと思うぞ」


 マサンの囁く声が、耳元からした。



「エッ、どういう意味?」



「伯爵様が、3人の女性を相手にするって事さ。 53歳の割に精力が有り余ってるようだ」


 マサンの、ため息混じりの声が聞こえた。



「俺は嫌だ。 絶対に、そんな恥ずかしい事はできない!」



「バカだね。 直接、相手をしなくても良いんだぞ。 こういう時のために、魔法のマントには、更に上の使い方があるだろ」



「あっ、そうか!」


 マサンに言われて、気がついた。

 自分を透明にして、男女いづれかの分身を出現させられるのだった。



「分身を出すのは良いが、魔力切れに注意しな!」



「具体的に、どうすれば?」



「時間を無駄にしないって事さ。 直前にトイレに行くふりをして、そこで魔法を切り替えて、終わったら速やかに戻す。 あと、分身の男女を間違えるなよ! それから …。 自信があれば、魔石からの魔力注入に挑戦しても良い。 分かったか?」


 マサンは、心配そうに早口で捲し立てた。まるで、保護者のようだ。



「ああ、分かったよ」


 俺は、正直、自信がなかった。



「それから、さっきの2人に負けるんじゃないよ。 グランを骨抜きにして利用してやるくらいの意気込みで攻めるんだ! まあ、あんたの器量なら、負ける事はないだろうがな」



「でも …。 ハーレムなんだろ。 気持ち悪くて耐えられないよ …」


 俺が、ボソッと言った後、マサンの声がしなくなった。


 近くに居ると思うのだが、声が聞こえなくなると、途端に不安になってしまう。



「いつまで風呂に入ってるのさ!」


 突然、マサンじゃない声がした。

 俺を、ここに案内した女中だった。


 彼女に急かされて、浴場を出ると、派手な衣装に着替えさせられた後、豪華な控室に連れて行かれた。


 部屋に入ると、そこには、浴場に居た2人の女性が、ソファーに腰を掛けてくつろいでいた。

 相変わらず、俺を睨んでいる。



「あのう、何か気に障る事でも?」


 俺は、平身低頭に、恐る恐る声をかけて見た。



「うるさいわね! 久しぶりに旦那様から呼び出しがあったのに、なんで、他に2人もいるのよ。 寵愛されているのは、私だけなのに …」


 キツネ顔の、少し目のつり上がった女性が声を荒げた。

 彼女は、好き嫌いが分かれる微妙な感じの美人だった。



「そんな事はない! 私を側室にしてくれるって約束したのよ。 だから、私が一番愛されているわ」


 目尻に特徴のある美人が、口を尖らせた。

 先ほどの女性がキツネ顔なら、こちらはタヌキ顔といったところだ。


 この女性は、かなりの巨乳であった。

 男の自分なら、目が釘づけになるところだが、女性の俺は何も感じない。

 

 男と女で、ここまで感じ方が違うのは驚きだ。ある意味、新しい発見だった。


 

「あんた。 初顔よね?」


 タヌキ顔が、俺に話しかけて来た。



「はい。 イーシャと申します。 よろしくお願いします」



「よろしくする訳ないでしょ。 第一、あんたの様なタイプの娘は気に入らないのよ! 話しかけないで!」


 タヌキ顔が激しい口調で言うと、キツネ顔も同調した。


 そして、この後、ひたすら無視される時間が続いた。



 一人寂しくソファーに座っていると、ウトウトしてきて、いつしか浅い眠りに着いていた。


 そこに、勢いよくドアが開く音がして、目が覚めた。



「君がイーシャだね!」


 見目麗しい背の高い好青年が前に立ち、見下ろしていた。


 俺を無視していた2人の女性は、凄くウットリとした表情で彼を見つめている。


 しかし、俺は、その男を見た瞬間、抑えきれない怒りが込み上げ、声も出せず打ちひしがれた。

 眠気も、一瞬で吹っ飛んでしまった。



「僕の事は知ってるよね? 今日は、久しぶりに家に帰ったんだ。 凄く可愛い娘が屋敷で働くと聞いてさ。 君の事を見に来たんだよ。 よろしくね! あっ、そうだ。 今日の晩餐に招待するからね。 執事を呼びに来させるから、此処で待っててね」


 若い男は、白い歯を見せて爽やかに笑った後、部屋を出て行った。



「シモン様から晩餐に誘われるなんて …。 だからって、良い気になるな!」



「そうよ。 見た目が良いだけの女なんて、直ぐに飽きられるわ!」


 キツネ顔とタヌキ顔の女性は、今まで以上に、キツく俺を睨んだ。


 しかし俺は、それどころではなかった。

 シモンを見て、怒りの炎に身を焦がしていたのだ。


 すると、誰かが俺の肩に優しく手を添えた。怒りの感情が、少しずつ引いて行くのが分かる。

 マサンが、直ぐ横にいたのだ。


 安心したせいか、俺は、再びうとうとしてきた。


 それから2時間ほどして、執事が部屋に入って来た。

 そして、晩餐の会場に連れて行かれた。


 部屋は広く、凄く豪華な造りだ。貴族の贅沢三昧な暮らしに腹が立つ。

 中央には、大きな長いテーブルがあり、いかにも偉そうな面々が30名ほど席に着いていた。



 すると、一番奥に座っている口髭を生やした男性が、おもむろに立ち上がり、こちらに向かって手招きをした。


 それを見て、執事がうやうやしく頭を下げる。



「旦那様の所に行きなさい。 言われた場所に座るのです」


 執事は、俺の背中を押して歩くように促した。


 男は、グラン伯爵だった。



 グランの席に近づくにつれ、参加者の顔が見えて来た。


 そこには、憎きシモンが居た。

 先ほどのフレンドリーな感じは消え失せ、何処かよそよそしい気がする。


 その隣には若い女性が座っており、シモンがご機嫌を取るように気遣っていた。


 彼女と目が合ったため、軽く頭を下げると、相手も軽く会釈した。


 俺はイーシャだから、相手が気づくはずはないのに、しかし、心の奥底で気づいて欲しいと願う自分がいた。


 近くで見るビクトリアは、目が眩むほどに美しかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る