第56話 ダデン家への潜入

 グラン伯爵は、ダデン家の領主であった。

 先に潜入しているスパイは、ソニンという女性であったが、俺は、彼女の紹介で、ダデン家に女中として雇われる事になった。


 マサンは、魔法のマントにより透明になって屋敷に潜入し、問題が発生した時にのみ、俺に接触する事になっている。

 基本一人で対処しなければならず、俺は、一抹の不安を覚えていた。


 魔法のマントを着て、女性として潜入するから、マントを脱ぐことができず、常に汗臭い日々が続く事になる。自分でも気持ち悪いが、それ以上に、周囲に臭わないか心配になってしまう。



 そして数日が経ち、いよいよ、グラン伯爵家に雇われる日が来た。


 俺は、国都に隣接するグラン伯爵の領地に向かった。ここは、ダデン領と言われている。

 マサンが透明になり後をつけているはずだが、正直に言って分からない …。



 屋敷は、かなり広い敷地の中にあった。


 まず、門番に紹介状を見せて中に入り、かなり歩いた後、やっと屋敷に辿り着く。


 建物は、いかにも貴族といった風情の、石造りで堅牢なものであった。


 屋敷に入る際に、警備の者に、再び紹介状を見せた。

 そして中に入ると、立派な身なりをした、顔がテカテカとした男性に迎えられた。



「ほう! あなたが、イーシャか。 うーむ。 良い! 良い! 良い! ソニンが言った通りの美貌だ! さあ、着いて来なさい」


 男は、俺の姿をマジマジと見た後、上機嫌で歩き始めた。

 俺は、遅れないように後を追った。



 広く長い廊下には、立派な置物や、豪華な絵画が飾ってあり、見たい衝動に駆られたが、我慢し、ひたすらに歩いた。


 そして、男は、大きな扉の前で立ち止まった。



「ザーマン執事長。 例の、娘を連れて参りました」



「そうか! 彼女を中へ」


 中から、図太い、貫禄のある声が聞こえた。



「さあ。 ここからは、一人で行くんだぞ」

 

 男は、俺の背中を押して、そのまま何処かに行ってしまった。


 しかたなく、俺は一人で部屋に入った。

 

 中には、10人ほど座れる大きなソファーがあり、奥には、立派な執務用の机が置いてある。

 そこに、口髭を生やした、恰幅の良い、初老の男性が座っていた。



「さあ。 その、ソファーに座りたまえ!」


 男の声は、ドスが効いて貫禄があるが、目は優しくニコニコしている。

 見た目とのアンバランスが、不気味な感じだ。


 俺がソファーに座ると、ザーマンが相対して座った。



「うーむ。 聞いていた以上に美しい! これなら、旦那様が喜ぶぞ! 名前はイーシャと言ったな」


 ザーマンは、とても愉快そうに笑った。

 


「エッ …。 旦那様が喜ぶとは、どういう事でしょうか?」


 俺は、言ってる意味が分からず、思わず聞いてしまった。

 それに対し、ザーマンは、ますます嬉しそうな顔になった。



「ソニンから聞いてなかったのか? 女中と言っても、可愛い娘の場合は、グラン伯爵の、夜伽の相手をしてもらうかもと言ってあったんだが …。 でも …。 嬉しいだろ! 名誉なことなんだぞ!」



「女中で雇って頂けると聞きましたが? 夜伽って何ですか?」



「女中だけじゃなく、夜伽の話もしたはずだ。 大切な事が抜けてるぞ!」


 ザーマンの、鼻息が荒くなってきた。

 怒らせないように作り笑顔を見せると、ザーマンも笑顔で返してきた。

 正直、気持ち悪い。


 俺は、帰りたくなるのを、必死で耐えた。


 

「それで …。 夜伽とは、何をするんですか?」


 俺は、ザーマンの言ってる意味がサッパリ分からなかったため、思わず質問した。



「まあ、そんなに堅苦しく考える必要はないんだよ。 伯爵と一緒に寝るだけさ」



「エッ! 伯爵と一緒に寝る?」



「そうだ。 裸になって抱かれるのさ」


 ザーマンは、興奮して鼻の穴を大きく開いた。

 それを見て、俺は何も言えず下を向いてしまった。



「恥じらう姿が、とても可愛い! 旦那様が気に入れば、側室にだってなれるかも知れんぞ。 とても名誉な事なんだ!」


 ザーマンは、俺の困っている顔を見ても意に介さず、平然と言ってのけた。

 そして続けた。



「イーシャは、処女なのであろう。 だがな、怖がる事はないぞ。 何にでも初めてはあるんだ …。 なんだったら、私が手解きをしようか?」


 そう言うと、ザーマンは立ち上がり、俺の手を握ってきた。



「やめて!」


 俺は、思わず大きな声を出してしまった。

 ムート時代に、ビクトリアから処女の意味を聞いていただけに、ザーマンが気持ち悪く思えた。


 ビクトリアと初体験を済ませた時は、俺は男性だった。

 今回は性別が違うから、初めてではないが処女といえると思う。


 だけど …。

 それ以前に、魔法のマントを着たまま抱き合えるのか、不安になった。 



「冗談だよ …。 旦那様を差し置いて、君を抱くわけにいかないさ。 だから、安心しなさい」


 ザーマンは、少し残念そうな顔をした。

 俺は、その様子を見て、気持ち悪くて何も答えられなかった。



「旦那様は所用で出かけているが、夕方には戻る。 それまでに、湯に入り身体を清めておきなさい」


 ザーマンは女中を呼び付けて、俺を浴場に案内させた。

 


 浴場は、ムートほどでは無いが、かなり大きかった。


 魔法のマントは、脱がない限り本当の姿である男に戻らない。また、マントは身体にフィットして違和感がない。

 昔から女性だったと思えるくらいに馴染んでいた。


 俺は脱衣所で、今、着ている女性用の服を脱いだ。

 すると、そこには美しい女性の裸身があった。

 脱いでないのに裸になっている、とても不思議な感覚に陥っていた。


 浴槽には、2人の女性が先に入っていた。

 軽く会釈したが、何か気に食わない事があるのか、敵意剥き出しの目で睨みつけてきた。


 俺は、浴槽の隅に入って息を潜めた。

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