第51話 イースの妹

 ジームのオドオドした様子を見て、シモンの目付きが険しくなった。



「何だ、ハッキリと言え!」


 シモンの大きな声に、ジームは縮み上がった。

 そして、酷く慌てた様子で話し始めた。



「はい …。 それが、申し上げにくいのですが …。 宰相、いや当時、参謀だったシモン様の了解を得たからと言われまして …。 それで、特別選抜枠に入れたのです。 当時、ナーシャ統括も首をかしげたのですが …。 あの時、ビクトリア様が、シモン様の承諾書を提出したものですから …」


 ジームは、苦しそうな表情で、言い淀んだ。


 ジームの話を聞いて、シモンは、しばらく考え込んだ。

 その後、何かを思い出したのか、小さく頷いた後に、口を開いた。



「そう言えば、そうだった。 当時、ビクトリアには、気落ちする事があって …。 それを、励ますために承諾書を書いた覚えがある。 確か、優秀な子どもを見つけたとか言ってた。 それが、ムートの特別選抜枠の話しだったのか …」


 シモンは、一旦、言葉を止めて、再び考えた。


 ビクトリアが、イースを見捨てた償いのつもりで、その家族を救おうと思ったのだと、今更ながら気付いた。


 そして、ジームをバツが悪そうに見た後に続けた。



「声を荒げて済まなかった。 それで、その娘は優秀なのか?」


 

「はい。 魔力も陽気も充実していたから魔法使いでも良かったのですが、当時、ビクトリア様から騎士に推薦すると言われましたので …。 それで騎士の修練をさせています。 17歳でAクラスの上位3名に入るので、近々卒業となります。 とても、優秀な修習生です」



「Aクラスの上位3名は、卒業後、子爵の爵位を与えられ 、1年の中隊長経験を経て大隊長となるのだったな」



「左様で、ございます」


 ジームが答えた直後、彼の背後から男女が近づいて来た。


 そして、付き添う男性に促され、女性の方が一歩前に出た。



「シモン宰相様。 遅くなり申し訳ありません。 私がヤーナです」


 シモンは、女性を見て唖然とした。


 イースの妹は、良い意味で期待を裏切った。所詮、田舎娘と思っていたが違った。

 ヤーナの息をのむ美しさに、シモンは、一瞬で心を奪われてしまった。

 


「さあ、そこに座って。 あっ、ジーム代理統括は、席を外してね」


 シモンに促され、ジームは席を離れた。


 シモンと2人きりの面談になり、ヤーナは緊張の面持ちで対面に座った。



「ヤーナ、リラックスして。 宰相の前だからって気を使わなくて良いんだよ。 フレンドリーに行こうね!」



「はい」


 シモンの笑顔を見て、ヤーナの緊張は少しほぐれたようだ。



「君には、ムートの修習生だった兄がいると聞いたんだが、仲が良かったのかい?」



「小さい頃は尊敬していましたが、今は違います。 兄は家を出て行って5年になります。 もう、縁が切れたような状態だから関わりがないんです。 でも …」


 ヤーナは話しかけてやめた。



「どうした? 言って良いんだよ」



「もしかして、兄が何か悪い事をしたのですか?」



「どうして、そう思うんだい?」



「5年前に、兄はムートで女の子に酷い事をしたんです。 だから、また、何か罪を犯したと思って …」


 ヤーナは、泣きそうな顔をした。


 シモンは、彼女の横に座りなおすと、そっと肩に手を触れた。

 本当は、抱きしめたくなる衝動に駆られたが、必死に我慢していたのだ。

 


「君に罪はないよ。 だから、泣かないで」


 涙を堪えているヤーナを見据え、シモンは優しく語り始めた。



「実はね。 君の兄上は、国外のある街で、我が国の士官と聖兵を多数殺めたんだ。 それで、罪を問わねばならない。 恐らくは、この件で、ご家族に対し誹謗中傷や、場合によっては差別や迫害が及ぶかも知れないんだ。 でもね、君たち家族には罪はないよ。 だから、僕が護ってあげる。 安心して」



「どうして、そこまで良くしてくれるんですか?」



「僕はね。 悪を許せない以上に、罪のない人が理不尽に苦しむのを見ていられないたちなんだ。 性分なんだよ。 だから、君のご両親も匿っているんだ。 安心して良いよ」



「はい。 ありがとうございます」



「ヤーナの事が心配だから、偶に様子を見に来ても良いかな?」



「はい …。 でも、もう直ぐ卒業だから、落ち着いてからにしていただけませんか?」



「Aクラスを上位で卒業する事は知ってる。 子爵の爵位を得て、軍に入り中隊長になるんだろ。 やはり、僕の見る目に狂いは無かった」



「エッ! それって、もしかして?」



「そうなんだ。 5年前に、特別選抜枠に入る事を、僕が承諾したんだ。 だから、卒業したら、お祝いに行くよ」

 


「ありがとうございます」


 ヤーナは、シモンに感謝して、深く頭を下げた。

 シモンは、美しいヤーナを食い入るように見つめ、ほくそ笑んでいた。



◇◇◇



 時は、シモンがヤーナと会った日から2日後の事である。


 緊急戦略会議を終え参加者が帰る中、シモンはビクトリアを探していた。しかし、彼女は早々と帰ったようで、どこにも居なかった。


 途方に暮れていると、背後からガーラの声がした。



「シモン宰相。 問題なく会議を終える事ができて良かったわね」

 

 ガーラは、嫌みっぽい笑顔で話した。



「ああ。 徴兵制の年齢枠を広げる事ができたし、ビクトリアをイースに近づけないように、彼を大罪人に仕立て上げる事にも成功した。 また、イースの家族を人質に取る事もできた。 僕の思惑通りさ」


 シモンは、周りに聞こえないように小声で話した。



「本当に悪いお人だこと。 ところで、イースの妹はどうだったの?」


 ガーラは、意味ありげにシモンを見つめた。



「何が、どうだって言うんだ?」



「兄はチャーミングな顔をしていたわ。 その妹よ! さぞかし綺麗だと思って …」


 シモンが反論しようとしたが、ガーラはその口を手で制した。



「言わなくても分かってるわ。 『感情の鎖』よね」


 ガーラは意味ありげに笑うと、どこかに行ってしまった。


 心を見抜かれたシモンは、少しだけ動揺していた。

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