第50話 迫る魔の手

 シモンが、ガーラからイースが生きていると聞いた翌日に、時は遡る。


 彼は部下に命じ、イースの故郷であるジム村に飛行艇を飛ばした。

 国都から村までの距離を考えると、通常は馬車での移動だが、飛行艇を使うとは、よほど急いでいたのであろう。


 空を飛び、国都から4時間ほどで、ジム村の広場に着陸した。


 こんな片田舎に飛行艇が着陸する事など、これまで無かったから、村人は、初めて見る機体の大きさに圧倒されていた。

 そして、その物珍しさから、人だかりができていた。


 そんな中、シモンが飛行艇から颯爽と降り立った。

 その瞬間、歓声とも取れる声が上がった。



 人だかりの中、シモンは部下に対し、村長を呼び出すよう命じた。


 村長は、直ぐに見つかった。この人だかりの中にいたのだ。

 彼は、宰相と聞くと、恐れおののき恐縮した。



 村長は、イースの両親の家までの案内を求められ、理由が分からずに少し驚いたような顔をしたが、何かを察したのか、無駄口を叩かずに直行した。



 イースの実家に着くと、シモンは村長を帰し、自分と両親の3人で、向きあった。



「初めてお目にかかります。 宰相のシモンです」



「この様なところに …。 恐れ入ります」


 イースの両親は、宰相が訪ねて来た事に、かなり驚いていた。



「今日は、ご子息イース殿の事で、火急の用があって参りました」



「イースの事ですか?」


 両親は、不安げな声を出した。


 

「はい。 ご子息とは、連絡を取る事はありますか?」



「いえ。 シモン宰相様もご存じの通り …。 あの子は罪人です。 罪を償わせるために、勘当しました。 だから、会ってもいないし手紙のやり取りもしていません。 生きているのかさえ分からないのです」


 父親の言葉を聞いて、母親は涙を流した。



「そうでしたか」


 シモンは、同情したような顔で両親を見つめた。



「実は、彼は国外のある街で、我が国の士官と聖兵を多数殺めました。 それで、これより彼の罪を問わねばなりません。 恐らくは、この件で、ご家族に対し誹謗中傷や、場合によっては差別や迫害が及ぶかも知れません。 だから、あなた方ご家族を、事前に保護しに来ました。 これから飛行艇に乗って、国都までご同行いただきたいのです」



「倅がとんでもない事をしでかして、申し訳ありません。 それで …。 国都には、これから行くというが、長くなるのですか?」



「ご子息の噂が消えるまでの間ですが、この村には戻れないと思います。 でも、安心してください。 国都に居住できる場所を用意します」



「家の片付けとか、準備があるのですが?」


 父親が言うと、母親も頷いた。



「ご心配は無用です。 全て、国都に運ばせます」



「はあ …」


 両親は、不安そうな顔でシモンを見た。



「ところで、ご子息には兄弟とかいますか?」



「3歳下の妹がいます」



「名前は? それから年齢は?」



「はい。 ヤーナと申します。 歳は17歳です」



「この村にいるのですか?」



「国に選抜され、ムートに入りました。 12歳の時に、特別選抜枠に選ばれたんです」


 父親の話を聞いて、シモンは目を輝かせた。



「ほう、特別選抜枠ですか …。 それは素晴らしい! ご子息の素質を見て、娘さんを選ばれたようですね。 後で、ムートに訪ねる事にします。 娘さんを保護した上で、ムートで修練をさせます。 どうか、ご安心ください」


 シモンが爽やかに話すと、両親はホッとしたような顔をした。



 その後、シモンはイースの両親を、国都の郊外にある自分の別荘に招いた。



「当面の間は、こちらでお暮らしください」

 

 シモンは、広大な敷地の中から、石造りの大きな建物を指差した。



「このような立派なところに …」


 両親は、かなり驚いた様子だ。



「この家には、私兵が24時間体制で警備しています。 だから、ご子息の事で、迫害を受ける事はありません。 安心してください。 それから、外出する時は、事前に警備長に申し出て許可を受けてください。 常に、護衛の者が張り付きます。 このような事までと驚くかも知れませんが …。 残念ですが、ご子息がしたのは、これほどまでに重大な事なのです」


 シモンが言うと、両親は申し訳なさそうな顔をした。



「でもね。 どうか、気に病まないでください。 あなた方に非は無いのです。 私が、責任をもって護ります」


 両親の頭を下げる姿を、シモンは、満足そうに上から見下ろしていた。



◇◇◇



 シモンは、その後、ムートに足を運んだ。

 ナーシャ統括が解任され混乱しているようで、少し待たされた。



「統括の代理を務めております、上級魔法使いのジームでございます。 シモン宰相、突然、どうされました?」



「内々の話だが、ここに、ジム村出身のヤーナという娘がいると聞いたが、呼び出してほしい」



「アッ、特別選抜枠で入れた騎士修習生ですね」


 ジームは、部下に声をかけ、連れて来るように指示を出した。



「そうか、騎士修習生なのか。 それで、特別選抜枠にした理由は?」



「ビクトリア将軍からの推薦があったのです」



「ビクトリアが? どういう事だ!」


 シモンは、珍しく声を荒げた。



「ビクトリア将軍は、当時、16歳で魔法使いのSクラス修習生でした。 彼女に、優秀な人材を見つけたと言われたのですが …」


 ジームは言いずらそうに、一旦、言葉を呑み込み、何か訳ありげに、困ったような顔をした。

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