第49話 国家の反逆者

 マサンは、俺の手を引いて、大胆にも玉座の近くに移動した。

 姿が透明だから誰にも分からないが、少しハラハラする。

 それに、多くの者が集まる密閉空間だから、一切、音を出さないように注意する必要もある。



 会議が始まる午前9時になると、王冠を被った初老の男と、それを護衛するように、背後を歩く青年が扉を開けた。


 2人が入ると、会議室にいる全員が起立し、頭を下げた。


 国王のベネディクトと、宰相のシモンだった。


 俺は、どちらも初対面で顔を知らない。田舎から出てきて、ムートの中でのみ生活して来たから、自分にとって2人は雲の上の存在で、全く接点が無かった。

 俺は、国都に5年も居たが、ムートの施設内の、ごく狭い中で飼われていたようなものだ。



 改めて、シモンを見ると、金髪で背が高く颯爽として格好が良い。予想を上回るイケメンだった。

 ビクトリアとお似合いだと思うと、なぜか不快な気持ちになった。



 ちなみに、ベネディクト王の見た目は、頑固そうな、おっさんだった。



 まず、ベネディクト王が軽く挨拶した後に、宰相のシモンが仕切る形で会議が始まった。



「それでは、緊急戦略会議を始める。 急な招集で集まって貰ったが、王命で開催する重要な会議である事を心せよ。 早速だが、重要案件の審議に入る」


 シモンは、口上に魔力を乗せて話している。多くの者が、恍惚の表情を浮かべて、聞き入っていた。


 彼は、周囲の様子を伺った後、また、話を続けた。



「皆に諮る重要案件は2つある。 まず、一つ目は、聖兵の徴兵に関する事だ。 知っての通り、憎き敵であるサイヤ王国軍は、劣勢を挽回すべく、剣聖パウエルの率いる50万の兵により、我が領土に攻め入ろうとしておる。 これに対抗すべく、24万の聖兵を確保しなければならないが、まだ、10万が不足しておる。 国難を脱するため、徴兵の年齢枠を拡大する必要があるのだ。 この件については、国王から国民に対し、お言葉を賜る事で了解を得た。 進めて良いか、皆の意見を聞きたい」



「賛成だ!」 「やむを得ない事だ」 「国民も分かってくれる」 「一刻も早く、聖兵を集めねばならん」


 多くの賛同の声と共に、全員が拍手した。


 その声の後、国王が右の手のひらを向けて、シモンに発言の合図を促した。



「儂が、国民に言葉を述べる時に、英雄である3傑も同席せよ。 さすれば、民は、より安心するであろう」



「それは、大変に良いお考えかと思います。 謹んでお受け致します。 他の2名も良いな!」


 シモンは、国王に恭しく答えた後、ガーラとビクトリアを睨んだ。



「ハッ、承知いたしました」


 ガーラとビクトリアが、ほぼ同時に答えた。


 まるで、シモンの一人芝居のような会議だ。

 彼は、また、続けた。



「2点目の、重要案件である。 ダンジョンの街にある軍支部の撤退の件については、皆、知っておろう。 不手際の責任を取り、ナーシャ司令官は、ムートの統括を含め、全て解任された。 でも、この問題は、それだけでは無かったのだ。 多くの士官と聖兵の命を奪った敵は、魔道士マサンだけではなかった。 他に、男の魔道士がいたのだ。 この件については、ガーラ参謀からの、報告を求める」


 シモンは、厳しい顔でガーラを見た。



「ハッ。 撤退した軍支部の士官から得た証言内容を報告します。 この男はマサンの弟子で、優れた刀術と魔力を有しており、その実力は師匠に匹敵するとの事です。 また、他に、興味深い事実が判明しました」


 そう言うと、ガーラは周りを見渡した。

 彼女も口上に魔力を乗せており、その影響で、多くの者の目が血走っていた。


 ビクトリアは、2人の姑息な手段を見抜いたようで、シモンとガーラを、呆れた様子で見ていた



「事実とは、何ですか?」


 国務大臣の1人が声を上げた。



「この男は、5年前にムートを逃げた騎士修習生でした。 恐らくは、タント王国に渡り、マサンの弟子となったのでしょう」


 ガーラが答えると、会場にドヨメキの声が上がった。

 そして、ビクトリアは驚いたように、大きな目を見開いた。



「その人の名前は、何と言うのですか?」


 ビクトリアが、少し震える声で尋ねると、周りの者が、皆、注目した。



「その者は、名前をイースと言います」



「そんな …」


 ガーラが名前を言うと、ビクトリアはひと言だけ、小さく呟いた。



「その者が、自分の故郷の国の、士官や聖兵を殺めたと言うのか?」


 国務大臣の一人が、怒りに満ちた表情でガーラに質問した。



「そう言う事になります」


 ガーラが答えると、会場から、再びドヨメキの声が上がった。



「そいつは、裏切り者ではないか」 「罪に問えないのか?」 「他国に逃げようが、追いかけて罪に問うべきだ!」 「しかし、マサンに匹敵する強さなんだろ。 捕縛できるのか?」 「それでも、手配書を出して、国民に知らしめるべきだ!」 「本人の捕縛ができないのなら、代わりに家族に罪を償わせろ!」 「魔道士のマサンも同罪だろ!」


 口上に乗せた魔力のせいか、皆、一斉に批判を始めた。



「静かに!」


 シモンの大きな声が、会場に響いた。


 そして、彼は立ち上がり、ゆっくりと諭すように、話し始めた。

 


「皆んな、そんなに怒らないで! まず、マサンは罪に問えないよ。 タント王国が誇る魔道士だから、これ以上、敵国を増やせないんだ。 でもね、我が国を裏切ったイースは違う! 国家反逆罪を適用し、緊急手配すべきだ。 彼を匿う者がいれば、同罪に処す。 イースは、今から、ベルナ王国の敵になった。 だから、ベルナの国民は、彼に関わってはならない! それから、イースの家族の事だけど、実は、国都のある場所に軟禁してるんだ。 僕が責任を持って教育するから、許してあげて。 それと、イースに妹がいるんだけど、ムートに入ってるんだ。 優秀で、なんと、Aクラスの騎士修習生なんだって。 当然、命をかけて兄を倒すと思うよ」


 シモンの口調がフレンドリーになると、より大きな魔力を、口上に乗せた。



「おお、シモン。 良くぞ言った! 全てを、そちに任せる」


 国王の言葉により、国家の反逆者イースへの対応が決まった。



 俺は、国を捨てたから、反逆者と言われても構わない。


 だけど、家族は …。

 俺を捨てた家族だとしても、不幸にしたくなかった。心のどこかで、家族への思いを断ち切れない。酷く不安になった。


 それを気遣ってか、マサンが俺の手を強く握ってきた。

 ビクトリアを見ると、何も言わず、只々、下を向いていた。

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