第52話 ビクトリアの両親

 シモンがヤーナと会った日から、3日後の事である。


 俺とマサンは、魔法のマントにより性別を変えて、街を歩いていた。

 至るところに俺の手配書が貼られており、容姿や特徴が印刷されている。

 そこには、祖国を裏切った凶悪な殺人者、史上最悪の大罪人と書かれていた。また、有力情報を提供した者には多額の賞金が出るとのこと。


 緊急戦略会議で決定して、翌日の事であるから、あまりの仕事の速さに驚いてしまった。



「有名人になったな」


 爽やかイケメンのマサンが、俺の腰に手をあて、低い声で囁いた。

 心地良く感じる自分が、少し恥ずかしい。



「マサンは、載ってなくて羨ましいわ」


 俺は、上目遣いに答えた。



「これでも、タント王国が誇る魔道士だからな。 でも …。 俺に手を出すと敵国が増えると考えたようだが、タント王国は、平和ボケしてるから、自ら仕掛けるなんてあり得ない。 シモンは、大袈裟なチキン野郎だぜ」


 マサンは、ニヤッと笑った。


 俺は、シモンの名前を聞いて、家族の事を思い出した。

 特に、妹の事が心配で、気落ちしてしまった。


 俺が、下を見て黙っていると、マサンが心配して声をかけて来た。



「イース。 おまえ、だいじょうぶか?」



「ええ」


 マサンが、心配して俺の顔を覗き込んだ、その時である。



「今、イースと言っただろ!」


 大柄な男が、マサンを睨みつけてきた。今にも、飛び掛かろうとする勢いだ。



「あんたは、誰だ?」


 マサンが言い返すと、近くにいた仲間らしき男女2名が、凄い勢いで駆けつけて来た。

 中の1人の女性は、剣を携えている。



「我々は、国都を警戒する私服の憲兵だ。 今、イースと言ったが、詳しく話せ!」


 先ほどの、大柄の男が追求してきた。



「イースって誰の事だ? この娘は、恋人のイーシャだが、彼女の名前を呼んだだけだ。 俺は、マルサンて言うが、ベネディクト王を敬愛する国民の一人だ」


 マサンは、咄嗟に嘘を吐いた。


 そして、俺の腰を抱き寄せると、手の平で軽く叩き、そっと合図を送った。


 次に、マサンは、駆けつけた女性憲兵の顔を優しく見据えた。



「分かった。 もう、行け!」


 女性憲兵は、少し顔を赤らめて答えた。

 


「そんな、班長。 よろしいのですか?」



「良い。 そなたが、聞き間違えたのであろう」


 女性憲兵は、抑揚のない声で、部下の男を嗜めた。



「さあ、次に行くぞ!」 


 女性憲兵の命令の後、3名は、次の巡回に向かった。



◇◇◇



 その頃、シモンはビクトリアの実家を訪ねていた。


 ビクトリアの父は、高名な魔法医で、以前、瀕死のシモンを治療した事がある。

 だからシモンは、この父親に対し深く感謝していた。


 しかし、父親の方は、シモンに何か良くないものを感じたらしく、一定の距離を置いていた。

 それに対し、母親の方は、常にシモンをベタ褒めで、家に来れば歓待した。


 元々仲の良かった夫婦であるが、いつしか、すれ違うようになっていた。



「宰相としての仕事が忙しく、ご無沙汰して申し訳ありません」


 シモンは、父親の方を見て丁重に頭を下げた。



「そんな事はありませんよ。 国家の重鎮として、国のために尽くしていらっしゃるのです。 とても、ご立派です。 でも、偶には顔を見たいんですよ。 あなたは、娘の夫になるお方ですから、私の、可愛い息子なんです」


 母親が矢継ぎ早に話すと、父親は、その様子を見て、小さくため息を吐いた。



「そう言って頂けると嬉しいです」


 シモンは、父親の方をチラッと見て、少しバツが悪そうな顔をして答えた。



「ところで、今日の御用向きは?」


 父親が、恭しく尋ねた。


 娘の夫になるとはいえ、相手は宰相である。失礼があってはならない。



「はい。 ビクトリアが居ないかと思い訪ねました。 実は、昨日、王宮で開かれた緊急戦略会議の時に見ただけでして …。 彼女も忙しい身です、中々、逢えなくて。 宰相なんていっても、僕だって、ただの男なんです。 愛してる人に逢いたいんです」


 珍しく、シモンは恥ずかしそうな顔をした。どうやら、本音のようだ。


  

「シモン殿。 今、娘は、隣接する建物の中にある瞑想場に居ります。 直ぐに、呼んで参ります」


 ビクトリアの父親は、そそくさと席を立った。


 父親が居なくなるのを確認すると、母親がシモンに近づいてきた。



「シモン様。 長く逢えなくて、私は寂しかったのよ。 あなたに逢えないと気が変になりそう。 何か、命令して欲しいの!」



「君の、気持ちは分かってるさ。 でもね、僕に取っては義理の母になるんだから、出過ぎてはならないよ。 聞き分けが大切だからね」


 そう言うと、シモンは母親の肩を叩いた。



「はい。 それがシモン様の命令であるなら …。 分かったわ」


 母親は、寂しそうに下を向いた。



「でもね、ビクトリアについて、何か気がついた事があれば教えてよ。 君の大切な仕事だよ」



「娘は、最前線に赴任してしまうと会えないから、正直、分からないの。 でも、娘なんだから、何かあれば私に相談するはず。 情報があったら、シモン様を、直接、訪ねても良いかしら?」



「義理の母親になる方だから、遠慮は入りませんよ」



「嬉しい!」


 シモンが話すと、母親は、若い娘のような笑顔になった。



 その直後、父親が、娘のビクトリアを伴って近づいて来る音がした。

 サッと、母親が離れたタイミングで、2人が部屋に入って来た。



「シモン様。 来てくれて嬉しいわ!」


 ビクトリアは、満面の笑みである。



「おお、ビクトリア! 逢えなくて寂しかったよ。 国都に来たら真っ先に逢いに来てくれると思っていたんだぞ …。 いったい、どうしたんだ? 心配で、来てしまったよ」


 シモンが甘えたような顔をすると、ビクトリアは、少しバツが悪そうな顔をした。



「ごめんなさい。 その分、今日は、あなたと過ごすわ」


 ビクトリアが上目遣いで見つめると、シモンは、少し真面目な顔をした。



「国王の国民への呼びかけの件だが、5日後と決まった。 3傑は同席するからね。 それまでは一緒に過ごしてくれよ」



「分かったわ。 昼間は用事があって外出するけど、夜は、シモン様の居る王宮に行くわ」


 シモンの問いかけに、ビクトリアは優しい笑顔で答えた。



「と言うことで、ご両親。 ビクトリアを、このまま、お連れします」


 シモンは、当然のようにビクトリアの腰に手をまわすと、そのまま家を出て行ってしまった。



「行ってしまわれた …」


 母親は、遠くを見て呟くように言った。



「おまえは、変わってしまった」


 父親はポツリと言った後、直ぐに席を立った。



 一人残された母親は、一瞬、悲しげな顔をした後、直ぐに、いつもの表情に戻った。

 しかし、本人の意思とは裏腹に、その目からは、涙が流れていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る